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アラブの春の思い出

2020年6月29日

そう言えば、自分のちょっと怖かった体験を思い出しました。2010年12月にエジプト旅行に行きました。カイロのバザールで首からぶら下げられる小さなコーランを買って、調子に乗ってそれをしていたら、現地のお兄ちゃんに「それ(コーラン)が我々にとってどれほど大事なものか分かっているのか?」と詰め寄られたのです。まわりにいる人たちも俺に厳しい目を向けていました。「ヤバッ!」と思った俺は、ニコニコして「英語分からないよー」って顔見せながら、すぐにコーランをしまいましたとさ。。

それはアラブの春が起こって長く独裁政権を続けていたムバラク大統領が民衆蜂起により退陣する、ほんの数週間前のことでした。
私たちの数週間後にエジプトに行った日本人観光客は、混乱のため帰国することが出来なくなり、空港で長い期間寝泊まりするはめになったのです。テレビニュース見ながら、ほんの少しタイミングがズレていたら、、と青ざめる思いでした。

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そう言えばエジプト旅行中こんなことがありました。我々(俺、奥さん、俺の母親、奥さんの両親、奥さんのいとこの計6人)は日本の旅行代理店のツアーに参加していました。アスワンダム付近からナイル川をギザのピラミッドがあるカイロまでフェリーで下りながら、途中途中にあるルクソールなどの有名な遺跡に停泊して観光を楽しむというものでした。フェリーはホテルのようで快適だし、フェリーが次の遺跡まで移動する間は部屋でビール飲みながらくつろいでいられるし。船窓から見えるエジプトの田舎の景色は牛が畑を耕していたりしてまるで古代にタイムスリップしたかのようで面白いし、最高のツアーでした。食事も全てツアーパックに組み込まれているこのツアーは、割合リーズナブルで皆様におすすめです。

8日間のツアーの間、数人の日本人スタッフと1人のエジプト人女性が我々のツアーをアテンドしてくれました。エジプト人女性(仮名Aさん)は日本に留学経験があり、聡明で明るくてフレンドリーな女性でした。ツアーが進むにつれ我々もすっかりAさんと打ち解けて、冗談を言い合ったりするようになりました。

ツアーも終盤になり、フェリーの終着点、ピラッミッドとカイロ博物館のあるエジプトの首都カイロにもうすぐ着くという頃でした。
我々ツアー客をフェリーの中にあるミーティングルームに集めて、1時間程度のセミナーを行うことが予定されていました。時間になり我々がその部屋に行ってみると、講師はAさんでした。我々はてっきりエジプトの歴史やピラミッドとカイロ博物館の説明を聞くのだと思っていました。

ところがセミナーが始まって、Aさんが話し出したのは、当時81才という高齢で30年間に渡る長期独裁政権を続けていたムバラク大統領に対する厳しい批判でした。彼がいかに理不尽で利権にまみれた独裁政治を続けているかという、まるで政治デモ集会のような内容だったのです。

今wiki見たらムバラク元大統領今年2020年2月に91才で亡くなってたんですね。ご冥福をお祈りします。。

我々ツアー客はまったく予想だにしていなかったセミナーの内容に驚きつつも、ただ黙ってAさんの説明を聞くしかありませんでした。
Aさんは身振り手振りを入れた熱の入った弁舌で次々とムバラク大統領の悪行をあばいて行きました。
最初あっけにとられていた私も、もともと歴史よりこういうライブ感のある政治・社会の話の方が好きなので、だんだん興が乗ってきて、Aさんにいろいろと質問したりしていました。
そんな風にセミナーを興味深く楽しんでいたのは、私とうちの奥さんの2人くらいだったかもしれませんけどね。

このセミナーは最初から我々の予定表に入っていたものでしたから、元々の内容は観光ツアーの趣旨に合ったものだったはずです。
きっとAさんは独断でセミナーの内容をムバラク批判に変えたのでしょう。日本に留学経験もあり、聡明なAさんのことだから、セミナーの内容を勝手に変えたことが、日本の旅行代理店に知れれば問題になることも分かっていたはずです。でもそんなリスクを負ってもAさんは、エジプトが直面している問題を日本からやって来た我々に訴えたかったのでしょう。

カイロでの観光を終え、我々が帰国の途についたのは2010年12月14日でした。この3日後の12月17日、チュニジアで1人の貧しい物売りの青年が当局の横暴で理不尽な取り締まりに抗議して焼身自殺をしました。
周りでそれを見ていた人たちがその様子をスマホで動画におさめ、それをSNSで発信しました。動画は次々と拡散され、他のアラブの国々にも広がって行きました。動画はそれまで独裁政権の行う圧政に苦しみ、不満と怒りをためていた人々の心に火をつけ、それは民衆蜂起という形に結集されて行きました。そしてアラブの国々で長らく続いていた独裁政権を打倒す力にまでになったのです。これがアラブの春です。アラブの春はエジプトにも押し寄せ、カイロの街はデモに参加する民衆で埋め尽くされました。その中にAさんもいたことでしょう。
ムバラク大統領は民衆に銃を向けることなく自ら大統領の職を辞することを決めました。

私と奥さんは見逃したのですが、奥さんの両親が日本のテレビ局のニュースでAさんを見たそうです。Aさんはテレビカメラに向かって「日本の皆さん、エジプトは大丈夫ですよー。観光に来て下さーい」と明るく元気に訴えていたそうです。

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(関連)
2010年12月エジプト旅行写真
https://note.com/shig_matsuoka/n/n3b2fef2aeae5