ドラマ「パレートの誤算〜ケースワーカー殺人事件」を見た感想

総評

 対人援助職としてこのドラマの感想について書きたいと思います。なお、私は原作を読んでいませんので、ドラマのみの感想です。ネタバレ要素はないように意識したつもりですが、もしあれば修正いたしますのでご指摘いただければ幸いです。
 まずは、生活保護をテーマにしたドラマが放送されたことをとても嬉しいです。私がケースワーカー(以下、CWと記載)が主人公のドラマを見たのは、2018年に放送があった「健康で文化的な最低限度の生活」以来です。
 SNSでこのドラマについて調べてみると、若い世代の方々によく見られている印象です。増田貴久さん(NEWS)や那須雄登さん(美 少年/ジャニーズJr.)のファンの方々の影響が大きいと思われます。そういった方々に生活保護利用者に対する偏見や差別を助長する内容ではなく、生活保護ついて考えていただくきっかけになることはとても意義深いことで歓迎したいです。

ストーリー

 不本意ながら、嘱託という形で市役所の社会福祉課に勤める牧野聡美(橋本愛)は、ある日突然、生活保護利用者と直接向き合うケースワーカーの仕事を命じられる。不安を抱く聡美に、ベテランの山川(和田正人)は「やりがいのある仕事だ」と励ます。同僚の小野寺淳一(増田貴久)とともに、迷いを抱えながら多くの利用者たちと向き合っていく聡美。ところが後日、その山川が、あるアパートの火事の跡で、他殺体となって発見される。あれほど利用者から慕われていた山川がなぜ?周囲で、山川がなんらかの不正に関わっていたのではないかという疑念が膨らんでいく中、聡美と小野寺は、町を覆う不正の影と生活保護をめぐるさまざまな人生模様に巻き込まれていく。WOWOWのホームページより。

主人公は嘱託職員でCW

 主人公の牧野聡美さんは、嘱託職員で働くケースワーカーです。公務員の数が足りないため、正規職員の公務員だけではなく、非正規雇用の職員にCWをしてもらうことは実際にあるそうです。例えば、高齢者世帯のみを非正規雇用のCWに担当していただくなどです。
 殺害された山川さんから、牧野さんと小野寺さんに担当を引き継がれましたが、山川さんの担当世帯数は140世帯と言ってました。CW 1人あたりの担当世帯数は、80世帯が標準です。これは社会福祉法で定められています。山川さんはベテランCWで、利用者目線に立っているという設定でしたが、140世帯も担当していて一人ひとりの生活保護利用者に沿った支援をすることは至難の業だと思います。
 標準世帯数を超えているにも関わらず、正規職員の公務員の数は様々な事情で増やせない状況です。そのため、苦肉の策として、非正規雇用のCWが出てくるというのは、ある意味で今の世相を反映していると思います。

同行訪問の難しさについて

 新米で嘱託職員の牧野CWに、小野寺CWが同行してくれるシーンがありました。この中で、小野寺CWが生活保護利用者に対して就労するように強く勧めたり、パチンコに行ってるのではないかと問い詰めている時に、牧野CWが「あの・・・。決めつけは良くないと思います」というシーンがありました。こういった新米CWの育成や様々なシーンで同行訪問が求められることがあろうかと思いますが、支援観が異なる人との同行訪問って苦痛ですよね。こういった経験から、もう1人で回りたくなってしまいます。結果的に単独での訪問では何が起こっているか正確に把握することが困難になってしまいます。望ましい同行訪問の形って難しいなって思いました。

対等な関係について

 山川さんが生活保護「受給者」ではなく、「利用者」と呼ぶようにしている。また、なるべくクライエントと呼ぶようにしている。そうすることで対等に向き合えると言っていました。「受給者」ではなく「利用者」と呼ぶことは大きな流れとしてあります。呼び方自体が大切なのではなく、その呼び方が個別具体的な支援に反映していることが大切だと思います。
 その意味で小野寺CWの対応で好きなシーンがあります。生活保護利用者の五代早苗さんが介護職員初任者研修課程の修了証を持ってきたシーン。

五代:悔しいけど、あんたたちのおかげだね。
小野寺:え?
五代:あんたに親としてどうなんだって言われて、見返してやりたいって勉強したんだよ。パートの時間やりくりして合格したんだから、ちょっとは褒めて欲しいね。
小野寺:ちょっとじゃないですよ。おめでとうございます。いや、ありがとうございます。
五代:なんであんたが礼言うんだよ。
小野寺:いや、なんでだろ、でもすごく嬉しいです。
五代:ま、これでそのうち生活保護から卒業できるかな。あんたも担当が減ってラッキーでしょ。

 「褒める」ことは支援の現場では良いことだと思われがちです。ですが、私は「褒める」とは次のとおり問題があると考えています。①上下関係に基づいている、②評価をしている(支援者は非審判的態度ではないと言います)、③クライエントが褒められるために行動することは弊害がある。では、どうしたら良いのか。それがまさに小野寺CWの「ありがとうございます」「すごく嬉しいんです」という対応です。この関係性が「対等な関係」だと私は思います。
 そうは言いつつ、このシーンを見て2つほど疑問に感じたことがあります。まず第1に、介護職員初任者研修課程を修了するために技能修得費というお金を支給することができます。CWの不親切な対応への反骨精神として就労に向くことがあるかもしれませんが、支給可能なお金を支給せずに生活をすると生活が苦しくなってしまいます。生活保護費というのは、「最低限度」の生活費しか支給されません。生活保護費で追加で支給可能なお金を受けずに生活をすると、「最低限度」以下の生活を迫られることになります。それこそ五代さんは、食費を削ったり、子育てに必要なお金を削ったり、何かしらの犠牲があったのではないでしょうか。だからこそ褒めてほしかったのかもしれません。第2に、このドラマ全体を通して言えることなんですが、「自立」の概念が「経済的自立」に限定されているのではないでしょうか。これは最後の小田原ジャンパー事件についてで述べます。

不正受給の内容が曖昧

 このドラマで不正受給の内容が曖昧だと感じました。収入と預貯金がないホームレスの方が保護の申請に来たにも関わらず追い返されるシーンがありました。その流れの中で、そういった方が、貧困ビジネスをしている反社会的勢力に協力をしてもらうと生活保護を利用できるようになることを暗に示しているシーンがあったと思います。ですが、これは「不正受給」ではありません。このホームレスの方が生活保護を利用することは何ら問題はありません。その支給された生活保護費を反社会的勢力がピンハネすることは問題ですが、少なくとも福祉事務所と生活保護利用者の関係から言えば、適正受給なのです。生活保護について取り上げるのであれば、不正受給についてはもう1歩丁寧に触れてほしかったのが正直な気持ちです。

小田原ジャンパー事件について

 このドラマを通して、小田原ジャンパー事件を思い出しました。
 小田原ジャンパー事件とは2017年1月に発覚した事件で、「生活保護なめんな」「わたしたちは正義だ。不正受給してわれわれを欺くのであれば、あえていう。そのような人はクズだ」という内容が英文で記載されたジャンパーを着て、CWが生活保護利用者宅を訪問していた事件です。
 小田原市は今は抜本的な改革を行って、全国でも先駆的な存在として注目を集めています。これは機会がありましたら詳しく紹介したいと思います。
 このジャンパーを作ったきっかけは、2007年に生活保護利用者がカッターナイフで職員2人を切りつけられたため、組織内で連帯を強めるために作ったそうです。その傷害事件自体も、ホームレスとなった生活保護利用者に対して無料定額宿泊所に入らない限り生活保護を廃止するという誤った対応がきっかけなのです。まさにドラマであったホームレスの方が包丁を持ってきたシーンかのようです。
 この事件について「不正受給を厳しく取り締まるべきだという納税者の声と、生活保護利用者の権利を守れという声、いわば、ふたつの正義がぶつかりあい、人間どうしの対立が深まっていく構図となっていた」と小田原市の「生活保護のあり方検討会報告書」にあります。ベテランの山川CWも「1件でも不正があると生活保護に対する風当たりが強くなって、本当に困っている人にまでお金が回らなくなる」と強く訴えているシーンがありましたよね。新型コロナウイルス感染症の補償を巡る議論でも、不正受給を恐れるあまりに手続きをややこしくして、それで必要な人にお金が回るのかって議論を見かけます。
 また、生活保護の目的は、①最低生活保障と②自立の助長にあります。小田原市では、この「自立」が「経済的自立」「就労自立」を偏重しており、自分で自分の健康・生活管理を行うなど日常生活において自立した生活を送るための「日常生活自立支援」、社会的なつながりを回復・維持するなど社会生活における自立のための「社会的自立支援」が軽視されていたのではないかとも指摘されています。そのため、安易に「不正受給」撲滅という方向に走っていってしまったのではないか。その意味で、このドラマ全体を通して、「経済的自立」に重きを置きすぎているように感じました。

 ドラマを通して私自身もいろいろと考えるきっかけをいただきました。ありがとうございました。