稲葉剛「閉ざされた扉をこじ開ける〜排除と貧困に抗うソーシャルアクション」の読書感想文

・「見えない人々」と社会的排除

本書にて、官民の支援策につながっていない貧困層は、社会の側から「見えない人々」として扱われると紹介されている。

「社会的排除とは、物質的・金銭的欠如のみならず、居住、教育、保健、社会サービス、就労などの多次元の領域において個人が排除され、社会的交流や社会参加さえも阻まれ、徐々に社会の周縁に追いやられていくことを指す。社会的排除の状況に陥ることは、将来の展望や選択肢をはく奪されることであり、最悪の場合は、生きることそのものから排除される可能性もある。」(社会的排除にいたるプロセス~若年ケース・スタディから見る排除の過程~の報告書より。)

東京オリンピックやカジノのような「祝賀資本主義」の影で、社会的排除によって「見えない人々」が増えているのではないか。また、「バーチャルスラム」という社会的排除の「進化」とも私たちは向き合わなければならない。信用情報に傷がつくと住まいの確保すらできないといったように、失敗が許されない社会となっては、生きることそのものを支援するセーフティネットが蔑ろにされてしまうのではないだろうか。

無差別平等の原理という生活保護の大切な原理があります。無差別平等の原理の真の意味での普及が必要です。この原理は、生活保護の担当はもちろんのこと、すべての人に広く理解されてこそ活きてきます。また、生活保護法の立法担当者だった小山進次郎氏は、生活保護の「制度の運営に当る者は、常に、事実行為をも含めた広い意義の保護を念頭に置いて事に当る必要があろう」としました。これはケースワークの重要性に関する記述です。「バーチャルスラム」等により居宅保護の原則が脅かされる可能性があります。生活保護利用者への金銭給付だけでなくケースワークが重要ですが、今やケースワークだけでなくソーシャルアクションも必要です。最低生活保障と自立の助長という生活保護の目的を達成するには、ケースワークだけでなく、ソーシャルアクションまで求められています。

小山進次郎「生活保護法の解釈と運用」より
法律技術上の制約によりケースワークを法律で規定することが至難であることのために、この法律の上では金銭給付と現物給付とだけが法律上の保護として現れている。従って、現実には保護として行われ、且つ、被保護者の自立指導の上に重要な役割を演じているケースワークの多くが法律上では行政機関によって行われる単なる事実行為として取り扱われ法律上何等の意義も与えられていない。これはともすれば生活保護において第一義的なものは金銭給付や現物給付のような物質的扶助であるとの考を生じさせ勝ちであるけれども、ケースワークを必要とする対象に関する限り、このように考えることは誤りだと言わなければならない。例えば、身体も強健で労働能力もあり、労働の意思もある人が一時的に失業し、生活に困窮した場合には、この人に必要なものは就職の機会とそれ迄の生活費の補給であるから、生活扶助費の給与ということがこの場合の解決策であろう。然しながら、同じく生活扶助費の給与ということを法律上の保護の形を採りつつも、若しもこれが労働を怠る者の場合であるとしたら問題は全然異るであろう。このような者も社会生活に適応させるようにすることこそ正しくケースワークの目的とする所であるが、この場合には恐らく金銭給付は全体の過程の単なる一部分であるに過ぎず、寧ろ、保護の実体的部分は法外の事実行為として行われるであろう。従って、この制度の運営に当る者は、常に、事実行為をも含めた広い意義の保護を念頭に置いて事に当る必要があろう。

・ホームレス問題とギャンブル依存症の深い関連

本書では、ビッグイシュー基金が行った調査報告が紹介されています。

熊谷 晋一郎氏は、「自立」とは社会の中に「依存」先を増やすこととした上で、依存症の根本は、依存できなくなることにあると述べています。

社会的排除によって、社会の周縁に追いやられたことによって、依存先が限定されてしまいます。その結果として、貧困問題とアディクション関連問題は深い相関関係にあるのだろうと思います。

・世代を超えて拡大する住まいの貧困

「生活の基盤である住まいを確保することすら困難になり、若者たちが将来の見通しを立てられない社会に未来はあるのか。問われているのは若者たちではない。社会の側なのだ。」という記述が心に響きました。

2019年2月に板橋区の福祉事務所にてケースワーカーが生活保護利用者の病名を不動産会社に伝えてしまい、入居を拒否された事件を思い出しました。不動産会社は「福祉事務所の担当者と話して総合的に判断した結果」として入居を断ったと生活保護利用者に伝えたそうです。福祉事務所長は生活保護の受給の事実を含め、個人情報保護のため再発防止に努めるとコメントしていました。ケースワーカーの対応は確かに非難されるべきでしょう。ですが、生活保護利用者か否か、病気か否かによって入居が断れている事実は多くの人にとって関心事ではなかったことに違和感を感じました。

障害は肌の中にあるのではなく、肌の外にあるのだという障害の社会モデルを感じました。

また、いわゆる住宅確保要配慮が入居しやすくするために定期賃貸借契約が組まれることも不安に感じています。定期賃貸借は入り口のハードルを下げる代わりに、出口のハードルも下がってしまいます。

根本的な解決になりません。“ハウス”レスは防げるかもしれませんが、終の住処にできないのであれば“ホーム”レスではないでしょうか。

住宅セーフティネット法ができたのは、厚労省側としては何らかの対応が必要と感じたからで(国土交通省の思惑との一致もあるでしょうが)、それがうまくいっていないことは明らかなので更なる対策が期待されます。次年度より、生活保護の通知が変わり、家賃滞納者に対して、原則住宅扶助を代理納付することとなるそうです。厚労省サイドの取り組みはそんなレベルで十分なのでしょうか。

・立川生活保護廃止自殺事件

2015年12月、就労指導違反を理由とする保護廃止直後に、生活保護利用者だった40代男性が自殺した事件です。詳細は「立川生活保護廃止自殺事件・調査団報告書」を参照いただきたい。

私は、判例・裁決の到達点に現場が追い付いていないと感じています。

生活保護法と実施要領を形式的に運用すると、稼働能力不活用のため指導指示を行えば、生活保護の停止又は廃止を行いうる仕組みとなっています。

しかし、生活保護の判例及び裁決を知っていれば、行政側が負けているものが圧倒的多数であるため、福祉事務所は稼働能力不活用のため指導指示違反に基づく生活保護の停止・廃止の判断には至らないと思います。

では、生活保護の判例及び判例を福祉事務所はどうやって知るのか。全国公的扶助研究会の全国セミナーでは、判例・裁決の分科会は毎回大盛況だそうです。判例・裁決への需要が現場の福祉事務所にはあって、それを知れば福祉事務所にも生活保護利用者にとっても利益になるにも関わらず、供給が限定されていることの証左ではないでしょうか。

多くの福祉事務所が定期購読をしている「生活と福祉」では、主に厚生労働省が伝えたい情報が知れるだけです。「賃金と社会保障」が定期購読できればいいのですが、月2回刊行、定価2,000円+税、テーマが生活保護に限定されないため、福祉事務所で定期購読をするハードルは高いように感じます。季刊公的扶助研究でも判例裁決を紹介するコーナーがありますが、「季刊」なので判例・裁決の情報に限りがあります。現状は判例・裁決の情報収集は、各ケースワーカーの自己研鑽任せになってしまっているのではないでしょうか。

すべての生活保護担当に知っておいてほしい生活保護の事件や判例をまとめて、毎年伝える仕組みなどが要るのではないでしょうか。全国共通の研修ツールの開発などできないでしょうか。生活保護ケースワーカー等の研修のあり方に関する調査研究事業のパワーポイントでは不十分です。不十分ですが、イメージとしてはこんな感じです。生活保護の素敵な研修資料やパワーポイントをお持ちの方は教えてください。なお、裁決については、生活保護裁決データベースがあります。

・小田原ジャンパー事件

小田原市が生活保護利用者宅への訪問時に「生活保護なめんな」と書かれているジャンパーを着ていた事件です。市長のリーダーシップの下で、生活保護のあり方検討会を開催しました。その中には、元生活保護利用者の和久井さんが入ったことが画期的でした。「私たちのことを私たち抜きで決めないで」という動きがこれまでの生活保護の分野ではなかったからです。

和久井さんの「『保護なめんな』ジャンパー問題は生活保護に関わりのない人もみんな知っているけど、そのあとに抜本的な改革があったことはほとんど知られていない。改革のプロセスこそが共有されるべきで、そこをどう社会で共有し、全国の生活保護行政の現場に広めて、落とし込んでいけるかが課題です」という発言が本書に乗っており、激しく首肯しています。

小田原市の生活保護行政のあり方検討会のホームページは、貧困問題に関わる全ての人に知ってほしいです。検討会で議論された課題は小田原市のみならず、全ての福祉事務所に共通する課題ではないでしょうか。また、「『生活保護なめんな』ジャンパー事件から考える―絶望から生まれつつある希望」という本が出版されているのですが、その出版時点以降も小田原市は歩みを止めることなく改革を進めています。改善策を実行し、市民シンポジウムを開催して改革プロセスを報告し、生活保護利用者と一般市民にアンケートを取っています。

今や小田原市は厚生労働省に高く評価され、全国の生活保護担当が集まる研修に招かれて研修講師を務めています。

・無料低額宿泊所と福祉事務所の共依存関係

小田原ジャンパー事件のきっかけになった事件の背景の1つに、無料低額宿泊所と福祉事務所が共依存関係にあったのではないかということが挙げられています。

本書では、劣悪な無料低額宿泊所が紹介され、貧困ビジネスと批判を受けています。ただし、その状況の中でも、住まいの貧困はすさまじく、さまざまな事情でホームレス状態となった方への支援が、現状では、無料低額宿泊所以外の行き場所がかなり限定されてしまっているのではないか。行政が公園に市民を置き去りにして虚偽の通報をした、「保護を要する身元不明者に対する愛知県海部福祉相談センターの不適切な対応について」の経過を見ても、無料低額宿泊所に入所を断られた場合の行政のもろさを痛感します。

「共依存」関係に対して、依存関係を断ち切ろうとする動きはおそらくうまくいきません。福祉事務所の依存先を増やしていく動きと無料定額宿泊所の質を向上していく動きが大切なんだろうと感じています。

・スティグマ解消には当事者の語りに触れることが重要

本書にて、熊谷 晋一郎氏の院内集会について紹介されています。院内集会の詳細は、①なぜ政治家が差別発言をしてはいけないのか?「障害は皮膚の内側ではなく、外側にある」②スティグマとは何か?健康さえ脅かすネガティブなレッテル③スティグマにどう対処するのか?当事者の語りに触れることです。

私自身も当事者の語りに触れ続ける中で、偏見を減らしてきました。これかからも当事者の方々の輪の中にいつづけて、偏見を減らしていきたいです。そのため、熊谷氏の主張には大賛成です。

一方で、支援者が当事者の方の体験談を聴くための“お作法”を作っていかないといけないのではないでしょうか。以下のような疑問や課題を感じています。読者の皆さんの工夫とかを教えてもらえたら嬉しいです。

・支援者の偏見を減らす責任をマイノリティに押し付けていないか
・支援者が用意した場は、当事者が安心して語れる場か(薬物依存症の当事者が安心して語れる場かなど)
・自助グループの中で語られる体験談と異なり、体験談が社会化されています。社会化された体験談を聞いて満足した支援者は自助グループの中で語られる体験談を聴く機会をむしろ失わないだろうか
・わかろうとしない支援者にわかってもらおうとするがために当事者の方を傷つけてしまわないか

・見えなくさせられた人たちとつながる

私は、仕事以外での当事者の方々との交流によって、様々なことを学びました。カウンター越しではない関係性の中でこそ、わかりあえることがあります。

今後はもっと仕事以外での実践の場に出ていきたい。見えなくさせられた人たちと仕事以外でつながっていきたいと考えています。

そのために私に何ができるか、私がしたいことは何かといったことを今は考えています。これを読んでくれた方のところにも、こっそり参加させてもらうかもしれません。

長くなりましたが読んでいただいてありがとうございます。