【バック・イン・オリジン】

朝、通勤ラッシュが始まりだした車内。ラフな格好の金髪の女性が扉にもたれかかってスマートフォンを眺めている。今日は自分発の企画の最初の会議だ。ディレクターになって2年弱だが、こういうときはついこれまでの仕事の写真を眺めてしまう。一番上付近まで辿ると、4人の女子高生たちとの
写真で手が止まった。初めての自分の企画のものだ。(この子ら、今どうしとるんやろなあ)考えていると、電車が駅に停まった。ハッとしてホームに出る。顔を上げ、力強くテレビ局に向けて歩き出した。

【バック・イン・オリジン】

「おはようございます!」
東ゆうはワゴン車に乗り込み、キビキビと挨拶をした。車内にはマネージャー、先に来ていたメンバー3人が乗っていた。3人とも年下。会うのは合格発表、結成会と今日で3回目でまだ少しぎこちない。やっと「さん」づけをとってもらえたところだ。空いていた席に座る。隣のりんが話しかけてきた。
「ゆうちゃん、今日はよろしくね」
「うん、よろしく。りんちゃんはお仕事初めてだよね?」
りんは二つ下の高校1年生、ショートヘアと大きな目が活発な印象を与えていた。初々しく、高一だけにこれまでアルバイトの歴も無いという。
「そうなの!緊張してて……。ゆうちゃんは前のときにあるんだよね?」
「一応ね」
事務所もメンバーももうゆうが昔タレント活動をしていたことは知っていた。メンバーの中では年上で、事務所的にもお姉さん役を求められているのかなと思う。あまり昔の話はしたくないが、頼られるのは気分がよかった。
「挨拶はでっかい声でするんだよ」
「はい!」
2人で笑うと、最後の一人が乗ってきた。今日は新しく立ち上がるアイドルグループの挨拶回りの日だった。

「今日はお時間頂きありがとうございました。これからよろしくお願いします」
「「ありがとうございました!!」」
マネージャーに続いて、5人の声がCDショップに響いた。店を後にしてワゴンに乗り込む。またりんが話しかけてきた。人懐っこくて可愛い。
「次はテレビ局だよね!中入るの初めてー。緊張するなあ」
すると後ろの席の紗希が顔を出してきた。
「東ちゃんは東西南北(仮)の時に行ったことあるの?」
ウェーブのかかったロングヘアと垂れ目が柔和な紗季は、東西南北(仮)を当時見ていたという。
「だいたいはロケとかよそのスタジオだったから、局に行ったのはほんのちょっとだよ」
「私たちは初めてだから、案内お願いね」
「案内なんて……」
「お願いします!」
りんのきらきらした目に、「はいはい」と返し、その局の最近の番組に話題を移した。

局の廊下は狭い。マネージャーを先頭に縦一列になって歩いた。無地の壁にはところどころに番組のポスターが貼られていた。入った事のない場所の雰囲気に、皆少し緊張しているようだった。黙って歩いていると、色々考えてしまう。東西南北(仮)の最後を知ったら紗希はどんなふうに思うだろう。今回はうまくやれるだろうか。左手を首に当て、深呼吸した。
その時、廊下の向こう、突き当たりの角から金髪の女性が視界に入った。
最初はまさかと思った。近づくにつれ、その吊り目がちだが優しい瞳、派手めな服装、あの頃の私をここに連れてきてくれた人がそこにいた。言葉が出ない。視線が合うと、向こうも目を丸くし、
「東っち!」
「古賀さん!」
他のメンバーがいるのも気にせず、駆け寄ってきた。

近くで見た古賀の姿は、金髪もあってとても明るく見えた。
「もしかして、またアイドルやるんか?」
「はい!」
自信を持って答えた。
「そっか!また一緒に仕事したいな〜」
「お願いします!」
それから古賀はハッとしてマネージャーに向き直り挨拶すると、
「仕事あるんでこれで。またなー!」
と言って去っていった。
業界の中にもまだ覚えてくれてる人がいた。嬉しさと心強さから込み上げてくるものを噛み締めていた。
「『東っち』〜〜?」
「なになに?知ってる人?」
「前の仕事でね」
努めて平静な声で返すと、マネージャーが咳払いして、また歩き出した。

夜。1DKのアパートに帰宅した古賀は、スマートフォンの連絡先をスワイプしていた。CD収録以来連絡していなかったが、たしかまだ消してなかったはず……。"華鳥蘭子"、"亀井美嘉"、"大河くるみ"、皆残してあった。さらにその下、"東ゆう"の連絡先も残っていた。これまでどうしていたんだろう、他のみんなはどうしてるんだろう、気になることがたくさんある。聞いてみたかったが、とはいえ、一時仕事で関わっただけの仲といえばそうだ。発信に人差し指を構えて躊躇っていると、電話がかかってきた。画面には『東ゆう』の文字。夢中で電話を取った。

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