【玄武の尾】

「ごめん、今日はこの後ちょっと予定があって」
美嘉は私が誘うといつも来てくれる。そんな美嘉が集まりを途中で抜けるのは珍しかった。ボランティアならいつもそう言うのに、今日はくるみが「なに?デート?」と煽っても言葉を濁す始末。煮え切らないままショッピングモールの外に向かう彼女を見送った。
直後、蘭子が言った。
「やっぱり気になるわね。着いて行ってみましょうよ」
こういう時、遠慮を知らない蘭子の好奇心はありがたい。私たち3人はこっそり後をつけてみることにした。

残暑の中の昼下がり、曇り空の下を美嘉は少し背中を丸めて歩いていた。田舎の城州では歩いている人自体が目立つので2ブロック後ろから見ていると、とても小さく見えた。そういえば今日は4人でいるときも少し気もそぞろな様子だった気がする。
「楽しみな予定ではないようね」
「家も逆だよね?」
ボランティア関係と彼氏以外に美嘉の行くところが思いつかない。城州駅が見えてきたあたりで電車に乗ったらどう着いていったものか考えていると、美嘉はコンビニの角に立っていた男に声をかけていた。茶髪で、よく見ると見覚えのある軽薄そうな顔をしている。昔の写真とその時の感情がフラッシュバックし、少し鳥肌が立った。
「あれって、彼氏さんよね?」
「やっぱりデートなのかな」
「それにしては楽しそうじゃないね。てかまだあの人と付き合ってたんだ」
少しなにか話したのち、男は美嘉の両手をぎゅっと包んで握った。手を繋いで歩いていく2人。電車には乗らず、駅よりさらに向こうに行くようだ。これ以上出歯亀するのもな、という気もしたが、いつもと違う美嘉の様子が気になって、私たちの尾行は続いた。

目的地に着き、美嘉と彼氏の2人は建物内に入っていく。私たちはあっけにとられたような、妙に納得したような気分になり、少し放心していた。
2人が入って行ったのは、産婦人科の病院だった。
そのまま私たちも病院の前、ぎりぎり2車線の狭い道路を挟んだ向かいまで歩いて、立ち止まった。
「これって、そういうこと、だよね?」
私自身、他の婦人科に月経困難症でピルをもらいに通っているが、それや病気で彼氏と来る理由がない。美嘉は、子供ができたのだろう。
「美嘉ちゃん、そりゃ不安だよね」
「なんて言ったらいいのかわからないわ」
「美嘉ちゃんが自分で言うのを待った方がいいんじゃないかな」
私たちは同年代の友達が妊娠した事はなかったし、弟や妹もいないため母の出産の経験なんかもなかった。3人が3人、青天の霹靂であった。お腹を大きくした女性が病院から出てくるたび、そういうこともあるのかという驚きと重大さが徐々に現実として感じられた。隠れることも忘れて3人でぼーっとしていると、美嘉と彼氏が出てきて、鉢合わせてしまった。
「えっ?」
「あ」

彼氏を待たせて、美嘉は私たちと向き合っていた。
「私、妊娠したの」
「おめでとう、って言っていいのよね?」
美嘉は少し恥ずかしそうに小さくうなずいた。口元は緩んでいる。よかった。美嘉が望まずに、ってわけじゃないみたいだ。
「学校はどうするの?」
「休む。っていうか辞めようと思ってる。彼ね、もう働いてるの。これから一緒に住んで、家庭を作ってこうって話したんだ」
そうだ、美嘉は"主婦"になるんだ。こんなに早く友達がそうなるとは思ってなかった。でも、遠くの誰かじゃなく身近な人を大切にしていく生き方は美嘉らしいなと感じた。そうだ、これが美嘉の夢なんだ。
「美嘉ちゃん」
くるみに励まされていた美嘉がはっと顔を上げた。
「お互い頑張ろ!」
「東ちゃん……!私も、応援してる!」
微笑むくるみと蘭子を挟んで、私たちは頷きあった。

帰りの電車の中。東京に住んでいるのは私だけ。明日からはまたレッスン漬けの日々だ。蘭子は城州どころか日本を離れることが多くなってきた。くるみちゃんは今年受験生、東京の大学へ編入を目指している。そして美嘉。美嘉はずっと城州で暮らすのだろう。みんな夢に向かって進んでいる。今日みたいに会える日は少なくなっていくだろう。ずっと友達でいられたらいいな。東京の夜は明るく、城州より星が少ない。それでも、4つの光が、空に瞬いていた。


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