【友達の友達】

ポン。ヒグラシの鳴く夕方、ババハウスから1人で帰ろうとしたところ、スマートフォンの通知が鳴った。こないだニコキッズの登山で一緒になった4人のグループだ。
『そういえば、今度南さんの誕生日だよね?』
城州の有名人、大河くるみからのメッセージ。彼女の顔のアイコンが自分のスマホに届くのにはようやく慣れてきた。
『まあ!覚えててくれたのね』少女漫画のお嬢様のアイコン。華鳥蘭子さん、2人は南さんと呼んでいた。
『28日だよね、そうだ、せっかくだから誕生日会しない?』アザラシの顔のアイコン。東ちゃんだ。
『南さんちまた行きたいな〜』
『我が家はもちろん大歓迎よ』
『じゃあ28日に南さんの家で』
どんどん話が決まっていく。何も書けないでいると、東ちゃんが書き込んだ。
『美嘉ちゃんも来られる?』
既読人数で見ているのはバレている。少し悩んで、返事をした。
『大丈夫』
私は南さんの家を知らない。それどころか、南さんと会うのはまだ2回目だった。

南さんの家は門があり、門から広い庭があり、プールがあって、本当に豪邸だった。城州にこんな家があったのかと思うほど。一緒に来てくれた2人も初めて来たとき同じようにびっくりしたと笑ってくれたけど、同時に緊張してしまった。
聞けば、3人はくるみちゃんのロボコンのためにたびたびこのプール付き邸宅に集まっていたらしい。こういう話で盛り上がっているたび、私は少し小さくなってしまった。プールサイドではしゃぐくるみちゃんの無邪気さが羨ましくなった。もちろん、登山の話やそれぞれの新学期の話など一緒に入れる話もあったけれど。

午後。東ちゃんとくるみちゃんがプールで遊んでいる。2人のバイタリティはすごい。私と南さんは少し離れて、プールサイドのビーチパラソルの下で椅子に座っていた。
2人きりだと何を話せばいいのかわからなくなってくる。俯きがちにプールの2人を見ていると、南さんが訊いてきた。
「美嘉さんは、東さんとどんな出会いだったの?」
興味ありげにこちらを見てくる。東ちゃんは昔のこと、どこまで話しているんだろう。
「小学校の時に同じクラスで」
「羨ましいわ。わたくし、幼馴染みたいな人はいないから。昔の東さんってどんな人だったの?」
南さんは真っ直ぐな瞳で見つめてくる。羨ましいだなんて。そんなふうに興味を持ってもらえて、少し気が大きくなってしまった。
「小学校で無視されてた時、東ちゃんだけが話しかけてくれたの。周りの人にもキッパリ物を言って、昔からかっこよかったな」
言って、しまったと思った。会って2回目の人にする話じゃない。無視されてたは余計だった。なんでここまで言っちゃったんだろう。次の言葉に詰まっていると、南さんが言った。
「美嘉さんも、東さんに居場所をもらったのね」
それから南さんは、自分もクラスやテニス部で浮きがちなこと、テニスが弱いこと、こうやって友達に誕生日を祝われるのも小学生以来なこと、東ちゃんに初めてあだ名をつけられたこと(これはちょっと羨ましい)なんかを少しずつ話してくれた。南さんも、東ちゃんと出会ってこうやって遊ぶ友達、居場所が出来たんだ。こんな豪邸に住んでいて、余裕たっぷりな態度からは想像できなかった。
「わたくしもね、こんな姿をしているけれど、特別強いわけじゃないの。それでも、今は東さんについていけば大丈夫、って気がしているわ」
「私も。東ちゃんは賢くて、優しいから。そうだ、これ、プレゼント」
「まあ!」
包装された箱の中には、リップグロスが入っていた。
「気に入るかわからないけれど。メイクもね、自分を強くしてくれるんだよ」
「とっても嬉しいわ。大事に使わせてもらうわね」
丁寧に箱に戻す南さん。2人で笑いあっていると、東ちゃんとくるみちゃんがやってきた。
「なんの話ー?」
「あっ!プレゼント渡してる!くるみも渡すー!」
騒がしくなる4人。一瞬南さんと目が合い、私もその賑やかさに溶けていった。









数ヶ月後。
雨の日の芸能事務所。
なにもかも壊れてしまった。くるみちゃんは半狂乱で事務所の人に連れて行かれていたし、私が泣くのを見て、東ちゃんは走って出ていってしまった。私もみんなも、だんだんおかしくなっていたのが、ついに決壊しちゃったんだ。もうどうにもできない。
泣き崩れている私の手を、南さんが握ってくれた。顔を上げる。南さんの唇を見てハッとした。いつもは流れに乗るのに、今日はきっぱり東ちゃんにぶつかっていった南さん。私も、友達を、彼氏を、自分を守るために、心を決めないと。
南さんと頷き合う。南さんの唇には、あの日のグロスが塗られていた。





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