2022年に読んだ国内短編SFを紹介する

はじめに

この記事は 東京高専SPC同好会/プロコンゼミ老人会 Advent Calendar 2022 8日目の記事です。

皆さんこんにちは。塚本です。今回はタイトルの通り、僕が2022年に読んだ国内短編SFの中で皆さんにおすすめしたい作品を紹介していこうと思います。

記事タイトルに「2022年に読んだ国内短編SF」などと銘打たれていますが、この書き方は嘘でないだけで全く本質的ではありません。そもそも僕は2021年以前にSF短編を読んでなどいないし、このジャンルの本を読み始めたのも2022年後半とかで海外作品は一切読めていません。
真面目なSF読者の皆さんは「最近この手の本を読み始めただけのにわかカスが適当な事言ってるわ」ぐらいのテンションで眺めていただけると幸いです。

おすすめの短編

ひかりより速く、ゆるやかに(伴名練)

修学旅行生を乗せた新幹線が突然低速化する謎の現象に見舞われ、残された主人公とその同級生が新幹線に囚われた乗客、というより共通の友人を救い出すために共闘する話です。
物語は現代パートとファンタジー的なパートが交互に描写される形で構成されており、両パートが繋がる部分とその後の怒涛の展開、そしてなんといっても締めが最高。僕は初見で読んだあとしばらく動けずにベッドでため息をつくだけの人になってました。

作者は京大SF研の出身であり、圧倒的な読書量に裏付けされた物語構成の上手さ、既存のSF作品へのリスペクトを感じる描写が特徴です。ただそれでいて物語はSFの王道的であり、端的に言ってしまえばエモいので、普段SFを読まない方にもとてもお勧めできます。
この作者については語りたい事が非常に多いのですが、他作者の紹介とのバランスが崩れるのも微妙なので、日本SFの臨界点 シリーズなどアンソロジストとしても多くの本を担当している事、本作が収録されている なめらかな世界と、その敵 の あとがきにかえて の熱量が凄い事などをとりあえず書いておきます。

一一六二年のlovin' life(斜線堂有紀)

和歌を一度「詠語」(=英語)に翻訳してから発表するのが当たり前の世界で定子(藤原定子)とその付き人である帥が出会う百合短編。
実在する定子の和歌に対して57577のリズムを保つ形で詠訳(英訳)を与え、その上で物語上の文脈や訳者の感情まで反映してくる作者のセンスが凄まじいです。
作中で出てきた和歌は最後の一つを除いて僕の知らない歌で、史実での定子の人間関係も正直全然知らなかったのですが、それだけに最後に出てきた一首を読んだ時に感動しました。これ詠んだ人だったのか!ってなった。

作者はミステリ等の分野でかなり本を出している方でSFジャンルでの単著はないのですが、割と様々なSFアンソロジーに短編が収録されている・SFマガジン等に短編を出しているのを見かけます。(SF以外の)長編だと「恋に至る病」「楽園とは探偵の不在なり」が特に好きで、これ以外のSF短編だと「BTTF葬送」が好きです。ラブコブラ もめっちゃ楽しみ。

大江戸石廓突破仕留(小川一水)

江戸時代前期を舞台にした改変歴史SF。上水の取水堰を監視する役目を持っていた主人公たちが水路への毒散布をきっかけに犯人を探して江戸に向かう話です。
起承転結がしっかりしている王道的な話ではあるのですが、序盤から描写の中に散りばめられている布石や歴史改変要素が後半に怒涛の勢いで回収されていく流れが気持ちよく、ミステリ的な視点で読んでも楽しめます。僕は初見で気づけなかった伏線が大量にあり、非常に悔しい思いをしました。
起こっている全ての改変に対して原因があり、それを納得できる理由付けがされている、という点にもSF的な誠実さを感じます。

SF短編の中には展開が掴めないような奇天烈な作品も多いのですが、この方の短編は物語として面白く楽しく読める物が多い印象です。長編になった同名作品の加筆前短編版である「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」が アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー の巻末に収録されており、同書に収録されている他の作品群と比較した時の素直さと話としての面白さにどんどん引き込まれていったのを覚えています。

いつでも、どこでも、永遠に。(草野原々)

舞台は女子校。憧れの人に彼氏ができた事に気づいてしまった失意の主人公は、AIに憧れの人の人格を模倣させる事を思いつく。AIが主人公の願望に合わせた最適化を行っていった結果、次第に本人ではなくAIの方を愛するようになってしまう……という話なのですが、ここまではあくまで導入に過ぎません。
話はここから宇宙規模で拡大を続け、人類の滅亡から世界のシミュレート、星間通信や量子もつれなどを扱いながら世界の真理にたどり着いてゆきます。作中時間が数百万年単位で経過する程度は当たり前の、「ワイドスクリーン・百合・バロック」という造語を掲げる作者の芸風が完璧に反映された一作です。
「焼きなまし法は局所解から脱出するのが難しいから量子もつれで不確定状態を作って効率化します」というトンチキとしか言いようがない嘘アイデアや「**(ネタバレ回避)劇団」など、悪いオタクのみなさんが笑ってしまうネタがひたすら詰め込まれており、一度作風に慣れてさえしまえば終始笑顔で読めると思います。

作者の草野原々はラブライブの合同同人誌に発表した作品を改稿してハヤカワSFコンテストで入賞・デビューを果たした超異端の人です。受賞作を表題作とした中編集である 最後にして最初のアイドル は収録作全てがワイドスクリーン・百合・バロックで、どれも話のスケールの広がり方と弾け具合が非常に噛み合っていて最高にクール。知り合いのオタクは絶対好きだと思うので是非読んでください。

赤羽二十四時(アマサワトキオ)

日本の「生体コンビニ」で働く外国人の若者がコンビニのご機嫌を取りながら強盗に対応したり、高度数十メートルのコンビニ店内で謎の生体兵器的なやつと戦ったりする話。
コンビニが生命として自我を持っていて、レジ下にある脳を針でつついて暴れないように制御したりするという発想だけでもとても面白いのですが、それ以上に良いのがトンチキな設定とはアンバランスにも思える王道展開とクソお洒落な文体・台詞回しです。
一度襲ってきた強盗とピンチの際に力を合わせて共闘するくだりは素直に盛り上がれますし、ヒップホップ文化が背景にある主人公がスラングを交えて会話したり、ともすればニンジャスレイヤー的ですらあるような行き過ぎた格好のつけ方でキメ台詞を吐いたりだとか、もうマジで最高です。読んでみないと分からないと思うので是非読んでください。

作者は 新しい世界を生きるための14のSF に収録されている「ショッピング・エクスプロージョン」の作者と(名義は微妙に違いますが)同一人物で、赤羽二十四時を読んだ後に似た作品だな〜と思って調べたら同じ人が書いていて驚いた覚えがあります。
両作品とも、ドンキやコンビニなどの日常に存在していて俗っぽくもある物をSF的に改変して、それをキメキメの文体で装飾した上で王道ストーリーを載せて送り出す構成が一致しており、作者の良さが非常に表れていると思います。

竜とダイヤモンド(三方行成)

スリに遭った貴族の跡取り息子を助けた盗人の主人公は、被害に遭った品がダイヤモンドだった事から彼に目をつける。後日助けられたお礼にと屋敷へ招かれた主人公は、彼とともに車で屋敷に向かう途中で竜と遭遇する。実は彼はドラゴンを飼っており、そのダイヤモンドの出所は竜の生態と深く関わっていた……という短編。
本作はドラゴンカーセックス合同アンソロジー(!?)が初出の作品で、扱っている題材もそれです。ただその一見ふざけたようにも見える題材や主人公の語りによる格好つけたような文体とは裏腹にストーリーは極めて王道であり、各登場人物のキャラがちゃんと立ってる上に大量の伏線回収もこなし、そして最後には最高の読後感を与えてくれる超気持ちいい一作になっています。

著者はカクヨム等でよく活動されていた方で、ネット出身の方らしい頭のネジが外れたような作品をよく書かれています。無料公開もされている馬謖が切れない孔明の短編SF「流れよわが涙、と孔明は言った」はTwitterでも時々バズって流れてくるので読んだ事がある方も多いのではないでしょうか。
この作品は(題材の奇抜さを除いては)とてもまともな短編で、これを最初に読んだ時は「この人こんな作品も書けるの!?」とかなり驚きました。ギャグも正統派作品もめっちゃ面白く書けていてマジで尊敬です。

色のない緑(陸秋槎・稲村文吾訳)

学生の頃に共に機械翻訳や言語について研究を行っていた仲間が自殺したとの知らせを受けた主人公が、過去を回想しながら同じ研究グループだった仲間とともに自殺について調査する話です。機械学習における解釈可能性や形式手法・言語学などを題材にした、数理的・技術的な側面が強いSF作品と言えます。
本作は アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー への書き下ろしとして発表されました。三角関係百合の印象が強い作者だったのでどちらかと言えば百合成分を楽しみにしながら読んだのですが、実際はゴリゴリの機械学習・言語学題材であり、作者の力量・知識量に感嘆しました。
いわゆる情報分野を扱うリアリティラインの高いハードSF作品では「この描写は嘘か誇張じゃない?」となってしまい作品に入り込めない事も多いのですが、本作はその描写に正面から向き合った上で完全に納得できる解答を提示してきます。今回紹介した中から一番好きな作品を選ぶならこれだと思います。

作者は 文学少女対数学少女 の著者で、この作品は「競技数学から競技プログラミングに転向した高校生」みたいな描写や数学要素から僕に近い界隈でも時々話題になっている気がします。
本作はSF短編ですが作者は元々推理作家の方で、歴史ミステリやいわゆる理系ミステリをよく書かれている印象です。中国出身の方ですが現在は日本在住であり、本作品も国内アンソロジーへの書き下ろしであるため、この記事内で紹介する事にしました。

おわりに

いかがでしたか?

今回選んだ短編ですが、こうして並べると

  • 複数の作品が同じ本に収録されている

  • キャッチー・王道な作品が非常に多い

  • いわゆる若手作家の作品が多い

といった点がかなり目立つと思います。

これは自分の読んでいる本が非常に少ない事、真面目な作品を楽しめるほど頭が良くない事、最近出版された本ばかり読んでいる事が原因と言ってしまえばそれもそうなのですが、それ以外の要因もあります。
まず1つ目と2つ目についてですが、これは紹介した作品をこの記事の読者に実際に読んでもらたいためです。おすすめした物が全て作者の単著短編集にしか入っておらずそれぞれ本を買うしかない、という状況は避けたい所ですし、また僕としてもできる限り人々に読んで欲しいので「ウケそうな作品」「読む気になってくれそうな作品」を選んでいて、それが上述の印象へと繋がっていると思います。
3つ目の点について、これは僕が好きな作家がだいたい若手で、逆に僕が最低限の紹介をできる作者だけ残すとほぼ若手作家しか残らないみたいな話なんですが、近年SF界隈で若手作家の勢いが増してきている(らしい)というのも理由に挙げられます。ここ数年で出版されたどのアンソロジーを読んでも「作家陣に非ベテランの書き手が多い」「これからは若手作家の時代だ」みたいな事がまえがきやあとがきに書いてあって、実際アンソロをちょっと読んでみると著者の過半数が2010年代以降デビューだったりします。

非若手・面白寄りの作品だと怪奇フラクタル男とかめっちゃ笑えるし、真面目な話・若手作家路線だとそれはいきなり繋がったとか神の豚とかも良いので入れたかったのですが、今回は上述の理由で入れない事にしました。興味があったらこれらも是非読んでみてください。どれもとても面白いです。

おまけ1:紹介作が収録されている本

布教をしたいので今回紹介した短編が収録されている単行本を紹介します。各短編は初掲載が雑誌だったり、文庫化前の単行本があったり、再録分の見落しがあったり、今後別の短編集に掲載されたりすることがあるため、下で紹介されているのはあくまで現在読む手段のうちの一つに過ぎないと思っておいてください。

おまけ2:おすすめのアンソロジー

さらに布教をしたいので以下に近年出版されたおすすめのアンソロジー短編集を貼っておきます。今までの紹介とは独立におすすめしたいものなので、上で紹介していない本が含まれていたり、逆に重複があったりします。noteでハヤカワ・オンラインのリンクを埋め込むといい感じになるっぽいのでハヤカワ文庫に絞って紹介する事にします。


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