マスクの意味とは

いつものように、男はマスクをしないで電車の席に座っていた。

他の乗客は、当然のようにマスクをつけている。

見渡す限り、マスクをしていないのは、その男だけだ。

まあ、朝の電車とはいえ、通勤ピークの時間帯を微妙に過ぎたその電車は、コロナ禍の状況も手伝って、さほど混んではいない。

次の駅で、マスクをした女がその電車に乗り込んできた。

他の車両も含めて、まばらだが空席はあるにもかかわらず、その女は、マスクをしていないその男の隣に（あえて。。。少なくとも男はそう感じた）座ってきた。

座るなり、その男に、何か言いたげな女。

その雰囲気を感じ取った男は、わざと携帯をいじり続けて気づかないふりをする。

「なぜマスクをしないのですか？」

過去に2度ほど、そんな詰問口調で言い寄られた事のある男は、極力絡まれたくないと思っていたからだ。

しばらくすると、意を決したように、女がその男に話しかけてきた。

「やっぱりマスクって意味ないんですかね？」

予想に反した女の言葉に、男は、虚を突かれ、一瞬耳を疑った。

しかし、戸惑いながらも、聞こえないふりをして、再度携帯をいじり続ける（ふりをする）。

女は再度同じ質問をよせてきた。

「やっぱりマスクって意味ないんですかね？　なんかいろいろな情報があって。。。」

どうやら、本当にその男と話をして、それに関する意見を聞きたいらしい。

男は、（それでも問題が起きると嫌なので）ポケットに常備だけはしているマスクをいったん着けた上で、女性の方を向き、こう答えた。

（男）「今、あなたは、マスクをつけて話かけてきましたね。私は、マスクをしてはいませんが、一切話をしてません。あなたが、例えば、飛沫が心配だと思っているとして、”マスクをつけて話かける人”と、”マスクはしてないけど話かけない人”と、どっちが危険ですか」

（女）「ええ・・・」

（男）「見てのとおり、電車の中でも、皆さんマスクをしていますが、携帯をいじっている人ばかりで、話をしている人なんてほとんどいません。それなのに、なんでマスクをする必要があるんですかね？何のためのマスクなんでしょう？」

（女）「確かに・・・」

（男）「例えば、あなたが“人からうつされるのが嫌”でマスクをしているのだとします。でも、あなたは、“マスクで防御できる”と思ってるからマスクをつけている訳ですよね。それなら、マスクをしているあなたは、もう防御できているのですから、他人がしゃべろうと心配ないですよね？　まあ、私はマスクをしていない状況で、しゃべってもいないですけど。」

（男）「逆に、あなたが“相手にうつすのが嫌”でマスクをしているのだとします。マスクを信用しているのですから、“マスクをしていれば相手にはうつさない”訳で、これまた心配ないですよね。」

（男）「いずれにしても、マスクをするしないは、あなた自身の問題という事です。ですから、私がマスクをしていようとしていまいと関係ないという事になりませんか。マスクは人のためにするものではなく、自分のため。やりたい人はやればいいんです。他人の目を気にしていたら、いつまで経ってもマスクを外せないですよ。」

（男）「私は、マスクをすることで、充分に酸素が吸収できない事の方が免疫力が下がって問題だと思ってますから、基本マスクはしません。」

（女）「やっぱりそうですよね。。。。」

話しかけた当初より、女の表情が少しずつ和らいでくるのがわかる。
恐らく、自分でも疑問を持ち続けながら、マスクをし続けてきたのだろう。誰かからのこんな直球回答で、背中を押してもらいたかったのかもしれない。

男は、ちょうとスマホに保存していた、「マスクは有害」のチラシを女性に見せた。

うなずきながら、その画面を見る女性。

男との会話が終わってから、2つ目の駅で女は電車を降りていった。

次からは、自分の意思で、マスクをするしないを考えてくれるといいなと男は思った。