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天草陶石のアクセサリー

去年の夏に、私のアクセサリー熱がふつふつと沸いたきっかけは、あるアクセサリーとの出会いでした。

それは、天草陶石でつくられた真っ白な小さなお花のイヤリングで、天草方面にドライブして立ち寄ったお店で出会いました。天草陶石という白磁でつくられたもので、その白さにはっとしました。イヤリングの他にもネックレスやブローチもあり、一つ一つが繊細で美しくかわいいアクセサリーが並べられているその場所には特別な静かな雰囲気が漂っていました。

その日はパンを目当てに出かけたので、アクセサリーは見るだけにして帰ったのですが、やはり気になって、日を改めて再びお店を訪れました。そのときに「一輪」と名づけられたイヤリングを購入しました。


BLUE HANNA 天草陶花「一輪」

イヤリングを購入したお店は、mio camino (ミオ カミーノ)で、リゾラテラス天草に併設されているお店です。リゾラテラス天草内の塩パンラボの塩パンもおすすめです。個人的には塩パンのあんぱんも好きです。

このアクセサリーと出会ったことで天草陶石の存在を知り、どのようなものかもっと知りたくなり、調べてみました。天草陶石が産出する場所や発見されてから陶磁器になるまでの歴史について、簡単にですが、ふれておきたいと思います。ご興味がありましたら、お読みください。

①天草陶石が産出される場所について

熊本県天草下島西海岸の富岡半島から高浜を経て牛深に至る南北30kmの範囲に,主要な陶石鉱床が分布している。この地域には,長崎変成岩(天草高浜変成岩),白亜紀の姫浦層群,古第三紀の弥勒層群・本渡層群の堆積岩が分布し,これらに中新世の花崗閃緑岩と流紋岩などの各種岩脈類が貫入している。

竹内浩一(2016):天草陶石鉱床の特徴と鉱床生成に関する考察.岩石鉱物科学,45,62-71.

白亜紀は、約1億4500万年前から約6600万年前までの時代、古第三紀は約6600万年前から約2303万年前までの時代、中新世は約2303万年前から約500万年前までの時代のことなので、天草陶石の原料はこれほど古い地層の中にできたものだということがわかります。

②天草陶石が発見されたのはいつ?

天草陶石は元祿年間高濱村上田家の祖某同村字鷹ノ巣に於いて之を發見し、代々之が採掘に從事し當時は専ら砥石として販賣したり、六代上田傳兵衛門平賀源内に就きて其陶磁器原料として優良なるを知り、肥前の陶工路幸右衛門を招き寶歴十二年八月字鷹ノ巣に於いて陶器の製造を創始したり、

井原敬之助(1922):天草下島の陶石.地学雑誌,34(5),242-261

注)引用文中の、「祖」、「巣」、「採」、「平」の文字は旧字でしたが、変換できず上記のように表記しました。また、「寶歴」の歴の字は原文のまま表記しましたが、「寶暦」と捉えました。

天草陶石が発見されたのは元祿元年(1688年)、陶磁器の原料として使われ始めたのが寶暦12年(1762年)ということになります。また、その陶磁器の原料として優れているとしたのが平賀源内ということにも驚きました。天草陶石と平賀源内につながりがあったと知ると、ありがたみが増すような気がします。

小さなイヤリングの原料の歴史をたどると、気が遠くなるほど昔に遡ることになります。自然の力で生み出された天草陶石を人々が使うものへと形を変えていった先人たちに感謝の気持ちが湧いてきます。今では天草陶石で小さなアクセサリーをつくってくれる方がいて、私の手元にやってきました。私の手元に来るまでにかかった時間に思いを馳せながら、大切に使いたいと思います。

着飾ることやおしゃれを楽しむアイテムのルーツを辿ったとき、元々は地球上に自然に存在していたものだとわかると、地球の一部を形を変えて身につけて楽しんでいたのだと、なんだか不思議でおもしろくなります。


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