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VisionProなしでMacBookAirを使おうとしたら狭すぎた

こないだ部屋で黙々とVIsionProに接続したMacBookAirの画面でプログラミングしていて、「ピンポーン」と鳴ったからインターホン取ろうと思ってVisionProをはずしたら、VisionProの中と違って部屋は真っ暗で僕は椅子の角に左足の薬指を強打して悶絶しながらインターホンに出た。

あれから四日、まだ痛くて歩くのがしんどい。

昨日一昨日と長岡に出張した。
最近やたら長岡に出張することが多い。

もちろんVisionProも持っていったのだが、使いどころが難しい。
長岡では二日間にわたってハッカソンが行われた。行われた、というか僕が企画したのだが、ハッカソンをやってる横でVisionProを使い始めたらみんなそっちが気になってハッカソンに集中できないだろうし、懇親会の時間にでも出そうかと思っていたら高校生の進路相談を聞いていたらあっという間に懇親会が終わってしまった。

仕方ないのでハッカソンの間中はMacBookAirを抜き身で使うことになったのだが、これが狭い。

いつも出張に使っていたMacBookPro16インチと比べると軽いのは素晴らしいのだが狭すぎるのである。

画面が小さいだけでなく解像度が物足りない。
まるでミニPCを触っているかのような感覚になって、「人間の(というか自分の)感覚というのはいかに曖昧であやふやなものなのだろうか」と驚いた。

VisionPro、目線だけで使おうとすると目が疲れる、というか目の周りの筋肉が疲れてきてちょっとした筋トレ気分になるのだがコツを掴めば疲れない。

ましてや、Bluetoothキーボードを使った長時間の作業や、Macを使った作業ではそんなことに煩わされないので快適だ。

iPad miniにもターミナルが入っていて、これは歩きながらでもサーバーにログインして状況を確認したりハッカソンの参加者をサポートしたりできる。

これとMacBookAirが同質のものに見えてきてしまった。特にiPad miniにBluetoothキーボードを繋ぐと、快適性はもっと増す。

だいたい、僕の場合、新しいガジェットが来ると、毎日使ってみてある時点・・・例えば一週間か二週間で使うのをやめる。

問題は、使うのをやめた後、再び使いたくなるかどうかだ。
iPhoneの時もそうだった。

「ないと困るか」
「ないときに恋しくなるか」
「もう一台買おうと思うか」

という基準があって、VisionProがその全てを満たすかどうかはまだわからない。とりあえず明日からnpaka大先生に貸すことにしているのでその後どうなるかだな。

ちなみにHoloLensもHoloLens2も「二度と必要としなかった」のだが、Quest2は必要になったからもう一台買った。Quest3はその延長なので手放していない。

さあどうなるかな。
ただMacBookAirで仕事をしようと思うとVisionProは手放せないけどな。もはや。