「アストレイ? また?」
 ペンを回しながら揺(ゆらぎ)が眉根を寄せる。
「保護団体絡みの可能性は――ないか」
 言いかけてすぐに首を振る。
 未登録の苗床が、いや、正確には未登録なのか登録抹消なのかも分からない、タグのない苗床が街中で保護されるケースが相次いでいる。かれらを指す「アストレイ(はぐれもの)」という言葉が生まれるほどに。
 今季に入って三件目の通報。スクリーンに映し出されたその姿に、ペンを回していた揺の手が止まった。
「――なんで羽、生えてるの?」

 鳥の羽に似た観賞植物の「羽」はこの星の特産品で、母星では装飾品として富裕層に珍重されている。
 母星との定期連絡船すら通っていないこんな辺境の移民星が貧民星認定されずに済んでいるのは、偏に母星への、そして母星近隣星への羽の輸出によるものだ。だからこそ羽をその背に寄生させて大きく育てることのできる「苗床」も、ただの家畜ではなく、星間協定によって厳重に登録管理され最重要生物資源として保護されている。母星の連中はこの星で内戦が起これば超特急で駆けつけて調停に奔走してくれるだろう。我々の平和のためにではなく、母星への羽の供給を止めないために。
 母星の気候が合わなかった苗床がこの星では死なずに育ち、その背の羽が母星で栽培したときの倍の大きさに育つようになったのはこの星にとって幸運だったのだろう。この星で苗床が育たなければ、そして苗床の背に羽が育たなければ、この星はとうに母星から見捨てられていた。
 ともあれこの星の唯一といっていい産業が羽の栽培と刈り取って防腐加工した羽の母星への輸出で、そのためには苗床の存在が不可欠で、だから苗床は育成も繁殖も厳密に管理されている。繁殖は登録ブリーダーのみに許可されていて、出生後百日以内に「タグ」と呼ばれる識別チップが皮下に埋め込まれる。羽は背に、タグは胸に。栽培家はブリーダーから苗床を仕入れ、羽を植え付けて育てる。野心的な栽培家は品種改良を重ねてより大きく、よりかたち良く育つ品種を作り出そうとする。

「それにしたって栽培登録しないと植え付けだってできないじゃない。百歩譲って脱走とか闇ブリーダーの多頭飼育崩壊とかでアストレイが出たとして、なんで羽生やしてるのよ」
「そこなんだよな。多分、登録漏れっていうより、繁殖不能で登録抹消されたか苗床引退かで使途不明(うやむや)になった個体なんじゃないかって」
「なんでそこがうやむやにできるかな」
 生涯飼育と完全トレーサビリティが基本だろうにと揺がため息をつく。ペンの尻でくちびるをつつきながら、その目はアストレイの羽をじっと見つめている。ぼくの目にはどれもこれも同じ白い羽にしか見えないが、代々栽培家の家系に生まれた揺には解像度の低い静止画像でもある程度の品種の目星がつけられるようだ。
「アストレイってだけでも頭が痛いのに、羽が植え付けられてるとなると栽培家が絡んでる可能性もあるし、これで闇ルートで羽が出回るなんて事態になったら目も当てられない」

 ぶつぶつ言いながら揺がペンを空中に滑らせる。感応パネルが起動し、羽のスケッチと品番が数点、スクリーンに浮かび上がる。一番上の品番を指しながら揺が言う。
「一応羽の形で可能性のあるやつ挙げとくけど、八割方これだと思う。グレードはそんなに高くなさそうだけど、アストレイは総じて栄養状態が悪いから羽が育ち切ってないだけかもしれない」
 あとは現物みないとなんとも、と続けながら揺はまたペンをくるくると回しはじめる。
 通報者が路地裏で見かけて撮影したというアストレイ。灰色の髪と緑の瞳は苗床としてはごくありふれたもので、チップがないとなると容姿から出自を辿るのは難しそうだ。その背に真っ白な羽を生やして、鬼ごっこでもしているようないたずらっぽい表情を浮かべている。胸元は衣服で覆われていて、タグを除去した手術痕があるか、それともはなからタグが発行されなかった個体なのかは分からない。画像を見ながらぼくは捕獲計画を考える。できるだけ穏便に、道路の閉鎖や近隣住民の避難といった大事にならないように。

 飛べない羽を背に生やしたアストレイは、それでも空を見上げながら笑っていた。

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