「コロナは全員PCRしろ」という人は「ベイズ推定」と検査の実効を理解する必要がある

「コロナは全員検査しろ」という人は、これを読んでいただきたい。そしてご自身の「勘違い」に向き合っていただきたい。「勘違い」を自分で修正することは、いつでもできますし、それができる人は賞賛されます。

ベイズ推定をおおまかに理解し、想像する

「ベイズ推定」(≒「ベイズ統計」「ベイズの定理」)は、今話題になっているコロナ感染症でPCRをやるかやらないか、という議論の背景を理解するために欠かせない考え方です。ベイズ推定を、数式でなく直感的にでも理解していないと「誰でも全員PCRしろ」という(現況では)誤謬から逃れられません。

ベイズ推定を直感的に把握できる、ものすごくわかりやすいページがありますからご紹介します。直感的な把握のためには前半分くらい、数式の手前まで読めばいいです。

先のページの図を参考に下図を描き、要素をコロナに置き換えました。

下図の縦割りの左側(先のページでの「買った人」)がコロナ感染症だった人、黄色い部分(「店員に声をかけた人」)がコロナPCR陽性の人です。
現実のコロナでは、先のページの図の横軸の比率(0.2/0.8)はわかっていません。図の縦軸左の比率は、コロナの場合は今の所(0.7/0.3:コロナPCR検査の感度)くらいと言われています。(右側は今回言及しませんが(0.1/0.9)くらいと言われています。)

汎用

現状で「全員PCR検査しろ」という人は、上の図の左下の「コロナPCR偽陰性」の感染者が検査を受けて陰性と出たことで「自分はシロ」と思い込み、市中へ出かけて感染を広げてしまうことを深慮していません。また、右下の「コロナPCR陰性」(真の陰性=コロナでない:この図でも一番面積が大きい)に対して全例検査をする膨大な無駄の、医療資源の圧迫と崩壊に対する影響を想像できていないのです。(イタリアはこれをやって医療資源が枯渇し・かつ押し寄せた来院者間での感染クラスターが起きて国内蔓延状態になった可能性を指摘されています。)

「全例検査しろ」が正当化されるには三つの方向の条件があります:
・それが感染症発生のごく初期(または局地的で限定されたクラスターも?)で、その範囲でクラスター構成員の全員を発見し・追跡し・そのクラスターの範囲のまま撲滅または抑え込める見込みがある場合。この場合のPCR検査は「クロを確定する」=陽性者を発見し、治療・完全隔離に回すためにやるのであって「シロを見つける」=陰性者を解放するためにやるのではありません。感度が70%で偽陰性があるので、陰性者でも適切な期間隔離します。もちろん陽性者とは切り離して。(国内全体ではその状態ではない)
・その感染症にかかると100%とか高確率で死ぬ・伝搬者を見つけ出さないとみんなバタバタ倒れていく、というように、結果が深刻なので十分にコストと手間をかけても感染者を特定する価値がある場合(コロナの重症化は20%程度、死亡者は年齢や条件により0.6〜2%程度?で、100%というように高くはない。少し乱暴な言い方だが、8割は風邪で治る。)
・妊娠検査スティックのように、検査の信頼性が超高くて、超低コストで、医療機関に頼らず自分でできる場合(現在のPCRは全くこれには当てはまらない)
です。
これら「限局して対応可能か」「見つけないとみんな死ぬか」「検査の信頼性とコストが妥当か」のコンビネーションで、特定の検査手法を誰に対して採用するかが決まります。コロナPCR検査では、現在ではそれを「有症状の患者・疫学的に検査価値が高い患者(クラスター構成員など)」に限定しているのです。(おおむね上図の青枠のあたりのことを意味しています。)

「でも全例検査したら市中の陽性者が発見できるじゃないか」と思いますか? それについて、次のセクションで「実効性」を検討しましょう。

それやってて意味あるの?:実効性

もう一つ「全員PCR」という人が把握すべきことがあります。それは「実効」です。

下図は東洋経済新聞のサイトにあるグラフィックで、厚労省のデータを基にしており、もとは各県のデータに由来しています。県から厚労が集めたデータについての「何か隠し事がある」系の陰謀論は、ここでは相手にしないことにします。
示している図は、全国のPCRの実施件数です。

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3月4日あたりで一気に数が増えたのは【訂正】厚労省が濃厚接触者の検査も公表数値に加えたため、見かけ上増えた(旧:保険適応になった)からだと思われます。「PCRをどんどんやろう」という人には「おお件数は増えてるな。でもまだ足りない」と見えるのでしょうか。
保険適応になった現在でも、検査には一定の縛りがかかっており、簡単にいうとなんらかの症状があるか、濃厚接触など検査に疫学的意義があるかのどちらかです。つまり、医療的に意味があるかどうかに関して、一定のフィルタがかかっている「よりそれらしい・必要そうな」ケースです。先のベイズ推定で言うと「事前確率が上がっている」状態です。
このグラフで我々が注目しなくてはならないのは「件数が増えてきた」ではなく、検査した結果にどれだけ意味があったのか=「実効」です。それは「陽性者数」でわかります。上図の「陽性者数」の割合を見てください。このグラフでは「オレンジ色」です。
グラフ中に「オレンジ色」が見えますか?ほとんど緑と黄色しか見えませんね。(矢印を付け加えておきます。オレンジ=見えるオレンジ+黄色かもしれないが、議論の内容は同じ。)つまり陽性者は非常に少ない、ということです。数的に見るとPCR施行例の95%前後が陰性のようです。

つまり、結果側から見ると、この検査は95%程度は陰性になるような集団に対して行われている、ということです。
この対象は医療フィルタ(医者の目・有症状・濃厚接触歴など)を通ってきた集団です。そうでなく「全例PCR」と言っている人が望んでいるように「誰でも希望すれば検査」というような状態で検査すれば、(医療フィルタがなく「事前確率が下がっている」ので)陽性率はさらに下がるだろうと推測されます。どれくらい下がるかわかりませんが、医療フィルタをかかっていて95%くらいですから、それが外れればおそらく98%くらいは陰性になるはずの集団なのだと思っても、そう違わないのではないでしょうか。(注意:対象は「一般市民」であり「クラスター発生中のエリア」は除外します。)

さて、「全員PCR」を主張されている方には一度考えていただきたいことがあります:
98%くらい陰性になるとわかっている集団(一般市民。クラスターは別)に対し全例検査をすることには、このグラフよりさらにオレンジ色の少ないグラフを作り「膨大な医療資源の無駄づかい行為を目の前に表示して確かめる」以外の、どんな意義が認められるのでしょうか?

付け加えると、コロナPCR検査の感度は70%程度らしいので、「PCR陰性」の98%のうち3割くらいは実際には感染しているのかもしれません。あなたも含めて。つまり検査であなたが得ている安心は「嘘の安心」です。「全員PCR」は「嘘の安心」を作り出す以外に、一体何を調べているのでしょうか?

孫さんの賢明な判断

冷静に考え、勘違いを修正すれば、このことが理解できると思います。昨日、ソフトバンクの孫さんがツイッターで「PCRキットを配る」と発言し、周囲の強い反対・諫言があり、すぐに取り下げました。すぐに勘違いを修正できた、幸運で賢明なケースに見えます。(ここで「孫ハゲ」ヘイトを言い募るのはやめましょう。無駄事です。)
「全員PCR」と発言している方々にも、そういう振る舞いを期待したいです。

じゃあどうすればいいの?

じゃあPCRなしでどうしたらいいの? の答えは広く行き渡っています。そもそもPCRでは3割見落とすから「誰がシロか」には役に立たないのです(「誰がクロか」には役立ちます)。PCR検査しても周りも自分もシロかクロかわからないのだから、自分がシロの場合とクロの場合を考えましょう:
・自分がシロだと思うなら、クロになる・感染しそうな場所に行くのをやめよう:閉鎖空間・換気が悪い・触れるくらいの相互接近で会話が頻繁に起きる場所。主催者の都合はともかくとして、自分で考えて決めよう(ここはまさしく自己責任)。場の感染危険性(電車内など)について、合理性のある推理を探し、自分で考えて行動しよう。感染危険性の低い場所ならマスクも不要。
・自分がシロでありたいなら、基本的な感染防御を実践する:つまり手指衛生=手を洗う
・自分がぷちクロっぽい、つまり感染症っぽかったら、自分がクラスターを作り出さないように、軽いうちは職場・遊びなどに外出せずに自宅安静・寝ていよう・栄養を十分に摂ろう。コロナの8割は軽症・寝ていれば治るらしい。ぷちクロで病院に行けば、病院の資源の無駄使いに加担するし、逆にコロナをもらって帰ってくるかもしれません。
・自分がかなりクロっぽい・重症化しそうだ・2割に入るかも、と感じたら「感染者・接触者センター」に相談する:あなた自身の常識判断・直感が大事です(ここも自己責任)
これらのストラテジーは、コロナPCRの有無とは関係なく行えることです。



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