初投稿

 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。舎弟のならたです。
 この度、この自粛期間の暇な時間を有意義に使おうと思いまして、投稿する次第です。投稿することが本当に有意義な時間の使い方なのかと自分でも少し疑問にも思っておりますが、有意義と仮定した上で、投稿させて頂きます。何故、仮定しなければならないのかと言うと、こういったように自分の拙い文章力で、文字を起こそうと思うと、どうしても断定した言い方になってしまい、それを仮定しないと話が進まないからです。実際、自分の中では、ただここに投稿することが有意義な時間の使い方なのか、いやそんなに有意義じゃないだろ、そもそも有意義ってなんだよ等の気持ちが浮かんでおります。しかし、文章として、人に読んでもらおうと心がけると、どうしても大袈裟であり、如何にもそれが真理であるかのように一言でまとめようとしてしまうのです。それに加えて、そう言うとなんか格好良いというのもあります。短く大袈裟な言葉を使うと、なんか格好良いのです。言い切った感というか、それを言い切ることで、先程述べたように、真理を言っているかのような気持ちになり、自分が正しいことを言っているような気がするのです。世の中って「絶対に正しい考え」みたいなものってほとんどないと思います。しかし、こうやって文章で言い切ってしまうことで、あたかもこれが正しいんだみたいな錯覚に陥いることが可能なのです。これは自分の中でそう思えるということと同時に読んだ方にもそう思わせることが出来るのです。小説や随筆などの文章の媒体に関わらず、多くの作品たちにとって作者という存在は、容易に神となり得てしまうのです。だから私は今、神なのです。ここに嘘の出来事を書いても、実際の出来事ですと付け加えるだけで、実際にあった出来事と思わせることが出来るのです。すでに、先程「私は今、神なのです」と述べたことによって皆さんは神だと錯覚したでしょう。そういうことなのです。しかし、私は神なんかではありません。だから私は本当は言い切りたくはないんです。今まで述べたことを逆から考えれば、ここでの文章が全て私が正しいと思ってることと思われてしまう。そう思われるのも、なんか癪なのです。現時点では正しいと思っていても別にここに書いたことが今までずっと考えていたことでもないですし、これからまた考えが変わっていくこともありますし、勢いで書いてみたって感じもあります。それを真に受けられて、そういう人間なんだって簡単に片付けられるのも、不本意なのです。  
 ここまで述べたことは私の文章を読んで頂くための注意書きです。この注意書きを踏まえた上で、最初から読み返してください。
永遠にループします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?