出発 ~大阪からイスラエルまでの道程~

 まだ今のところトビタテについてしか書いていませんが。思ってたより時間も余裕もなくなってしまったので、今まで大学で勉強してたこととかこの留学を計画した動機とか、プロローグとして色々書くつもりだったことは挿入話的に後に回すことにします。本当は出発前に書いてしまいたかったんですが、なにしろもう出発しちゃったので。

 というわけで、9月1日出国しました。イスラエル留学、開始。

 実は物心ついてから日本を出たことがなく、海外経験自体が実質初めてなもので、「渡航」の段階で内心かなり浮かれていたことは否定できません。どれくらい浮かれていたかというと、中継の北京空港までの3時間のフライト中ず~~っと窓の外を見てひとりではしゃいでいたぐらい。20歳の男子大学生が、ひとりで。
 
 そんな僕なので、エルサレム到着までの逐一に感動し、動揺し、書き留めておきたくなりました。僕が初海外だから知らなかっただけのこともあるでしょうが、そんなのはわかりません。これから北京経由のエルサレムで海外渡航デビューしようと思っている大学生の皆さんは参考になさってください。




 なんかずっとグラグラしてた主翼と中国の空から。


 北京国際空港に到着してから最初に、というか一番困ったのは、職員さんがあんまり英語を話してくれないことでした。飛行機の中では、CAさんに中国語で話しかけられても、中国国際航空だしまあこんなもんか、と全てに「謝謝」と微笑みを返してたら何とかなった。フィッシュかチキンかだけ言えればよかったのですが、空港ではそうもいかない。
 
 乗り継ぎだけど一度空港を出たいのでどの列に並べばいい、乗り継ぎの場合中国のビザはいらないんだったよね、みたいな、結構重要なことを聞いてるのに(しかもたぶん理解してくれてるのに)なぜか中国語で返される。中国語なんて齧ったこともない僕は中国語で何か言われてもミリも分からないので、諦めて他の職員さんに聞きに行く。そうやって、何かわからない度に3人くらいに聞きに回って、ようやく空港のロビーまで出て、珈琲カフェのテラスで一息ついて。日本のパスポート見せたのになあ…なんて思いながら、餞別のフォンダショコラをいただきました。めちゃくちゃ美味しかった。


 国際線乗り継ぎなのに空港の外に出たいなんて言ったのは次のフライトまで6時間もあったからで、それだけあれば北京の市場まで出て軽い夕食ができるんじゃないかと思ったのですが、結果から言うと市場で夕食どころか空港から出ることさえできませんでした。何故か。「シャトルバスのチケット売り場のおばちゃんが中国語しか喋ってくれなかったから」です。
 
 結局全部これです。空港から北京の主要観光地を繋ぐシャトルバスが何本も出ているのです。そのすべてのバスのチケットを扱うチケット売り場に、一人のおばちゃんが鎮座しています。彼女から買うしかないのです。
 
 適当なところを巡りそうなバスを選んで路線の番号を告げると怪訝な顔をされ、中国語で何か言われるのですが、もちろんミリも分からない。が、掲示板を見ると行き先ごとに料金が違うようで、どうやらどこに行くのかを聞いているらしい。そこで掲示板を見直して、気づく。僕は「英語でない言語をアルファベット表記されたもの」が全然読めない。

 「こんぐにゅわいんてい!!」「ぁ”あ”!?」みたいな応酬を3回ほど繰り返したところで、市場まで出て観光する余裕のない時間になってしまったので、諦めて空港に戻ることにしました。少しばかり恨めし気におばちゃんを一瞥してから。


 書いててわかったけど、これ完全に僕が悪いですね。すみませんでした。


 北京観光を諦めた僕は仕方なく空港で夕食をとろうと、飲食店フロアの中華料理店に入りました。中国で「中華料理店」なんて言わないな。なんだろ、定食屋みたいな。
 ワンタンメンと海老シュウマイを注文したのですが、やっぱり日本の「中華料理」と中国の大衆食は少し違うようで。僕はワンタンメンと言えばエースコックのアレしか食べたことがなかったのでもちろんアレを想像していたのですが、運ばれてきた麺料理にはペラペラのアレではなく海老シュウマイが載っていました。海老シュウマイの載ったラーメンと海老シュウマイを交互に食べ終え、お冷代わりのヨーグルトを啜り、これが北京かという感慨と、僕には少しヘビーかもしれないという感想と共に、やたら長くて重い箸を置いたのです。

 ちなみにここでも英語が話されることはありませんでした。ここまで中国語ばかりだと、僕が苦手なはずの英語を話す欧米人が救いに見えましたね。


 そして大変なのがイスラエルまでのフライトチケットの発行でした。これは事前にわかっていたことなのですが、イスラエルへの入国までには何かとチャックが入ります。学生ビザの僕には特に、なのかな?

 これがわりと(そう、わりと)長かった。検査官のイスラエル人女性はにこやかでフレンドリー、僕のために丁寧な英語で話してくれる優しさを見せつつも、質問の手は緩めません。大学で何を学んでいるのか、なぜイスラエルのその大学なのか、フライトチケットは何で予約したのか(旅行会社かインターネットか)、それは自分でやったのか、イスラエルで学ぶ予定の分野に関する参考書を今持っているか、等々。特に詳しく聞かれたのが、自分とイスラエルとの人的な繋がりです。留学先の大学は在籍大学との提携校なのか、そうでなければ誰の紹介でその大学を選んだのか、その人は何者か、今イスラエルに知り合いがいるのか、その人はいつからイスラエルにいるのか、その人々とどうやって知り合ったのか、今まで何回会っているか、など。イスラエルの知り合いについては、Facebookで知り合ったと言うとスマホを開いて名前の確認まで求められました。

 最後に、荷物の中に到着後誰かに手渡す予定のものがないかの確認がありました。聞くと、過去に渡航者による危険物の受け渡しがあったようで。イスラエルに渡航予定の方は、現地の知り合いと自分との関係性を明快に説明できるように整理しておいた方が良いかもしれません。


 予想外に長めのチェックを終えたころには出発のギリギリになってしまっていたので、搭乗口まで小走り(いつものこと)。と、搭乗口にたくさん集まっていた職員さんたちが、僕に気づくなり何か叫んでこちらに手を振ってきます。あ~~ギリギリだからダッシュしろっつってんのか、と思ったけど、どうもそんなテンションじゃない。他にも乗客は周りにいるのに、明らかに僕を呼んでいるのです。よく見ればなんかちょっと顔も怖い。

 その中でも特にいかつい顔をしたジョージ・クルーニー似のイケおじが、僕の肩に手を置き、その顔で正面から僕の眼を覗き込んで言いました。「君のスーツケースを開ける鍵が必要なんだ。彼女についていってくれ。」指さした先には、北京空港の若い女性職員さんが「Staff Only」の扉を開けて待っているのです。

 この時点でかなりワクワクが抑えられなくなっていたのですが何とか呑み込み、職員さんの後についてそこそこ長い階段を降りた先には、病院の待合室のような小さな部屋とベンチ、その奥には騒がしさの漏れ聞こえる大きな扉が。テレビで見た麻薬密輸犯の取調室そのまんまだ!と興奮していたら、その扉から夜の大都会の平和を守る秘密組織の技術班班長みたいな黒ぶち眼鏡の青年が飛び出してきて、「来た!?こいつ!?とりあえずもらうぞ!」とかなり焦った様子で、僕は扉の奥に引っ張られていったのでした…。

 扉の先で机の上に置かれていた僕のスーツケースを開け、「鍵は後で返しに行くから上で待ってて!」と言われて降りてきた階段を戻ると、先程のジョージ・クルーニーが少し柔らかくなった顔で「座ってていいよ」と言ってくれたので、搭乗口の前で座って待っていることに。調理用に入れてた十徳ナイフが引っかかったんだろうか、なんて考えていると、職員さんの一人が隣に座ってきて、「こんにちは」と話しかけてくれました。

 「日本の方ですよね。”よろしくお願いします”」
 「よろしくお願いします。あなたも日本の方なんですか?」
 「いえ。日本語を少し勉強しているので」
 「すごく上手ですね。僕も少しだけヘブライ語勉強してるんですよ」
 「それは良い。シャローム!」
 「シャローム!」
 「$%#&”‘*$’@,  #')$*`#("@)"!'(%#&#?」
 「すいません少し齧ったぐらいなのでそういうのは全然わかんないです」

 「僕の荷物がどうかしたんですか?」
 「ああ、心配ないよ。ちょっと機械が反応したみたいで」
 「金属探知機とかが?」
 「いや、なんか爆弾みたいなのが写って…」
 「バクダン!?!?」
 「みたいな、ね。大丈夫だよ、あの機械がちょっとイカレてるだけだか    ら。きっと何もないさ。ほら、君の鍵が戻ってきたよ。」


 そうやって、やっとイスラエルのベン・グリオン空港行きの飛行機に乗り込み、なぜか僕の席に座っている家族がいたので別の座席をCAさんに促され、イスラエルに向けて飛び立つことができたのです。イスラエル航空の機内ではCAさんも英語で話してくれました。



3:00 am.のベン・グリオン空港。バスの始発とタクシーを待つ人達。


 10時間ちょいのフライトの後、イスラエル最大の空港、ベン・グリオン空港に到着。心なしか、関空や北京空港より少しだけいい匂いがしたような気がしました。また、空港内の内装も北京空港に比べると淡白でシンプルです。

 世界一出入国審査が厳しいと言われるベン・グリオン空港ですが、特に時間のかかることもなく、サラッとゲートを出ることができました。ほんまに、なんもなかった。イスラエルへ飛び立つ前の審査の方がよっぽど厳重だったと思います。あくまで僕の場合ですが。

空港のロビーにあった、花束の自販機。




 少し中途半端ですが、イスラエルに入国した区切りなのと、少し長くなりすぎてしまったので、今回はここまでにします。次からはこんなに長くしません。
 次回はエルサレムに到着してからの2日間、旧市街観光について~。


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