ヘブライ大学_庭_ライブ

ヘブライ大学とその日常、海外から見た日本について

 10月に入り、エルサレムも夜はかなり涼しくなってきました。この時期特に昼夜の気温差が大きく、いつもTシャツにショーツのカリフォルニア出身の学生たちなんかは、夜は見ててかわいそうなぐらい寒そうにしています。まあ日中はまだまだ日差しが厳しいのですが…。

 僕の留学生活も一ヵ月を過ぎ、ヘブライ大学の留学生コース "Rothberg Internashonal Shool" は只今一ヵ月弱の長期休暇に入っています。学生たちは皆ヨルダンなどの近隣諸国に小旅行に行ったり、イスラエル内の各都市をまわったりと、それぞれにこの休暇を楽しもうと計画を立てているようです。中国から来た女の子は一人でジョージアとアルメニアとトルコを見てくる!と言っていました。僕も一週間ぐらいかけて興味のあるところを見て回ろうと思っています。


 さて、この一ヵ月めちゃくちゃ色んなことがあって色んなところに行って、書くことは山のように積み上がっているのですが、同時に忙しくて書く時間もなかなか取れなかったので、今回はヘブライ大学とこの一ヵ月の日常について、簡単に紹介することにします。


 ヘブライ大学はエルサレムに位置するイスラエルで最も古い大学で、イスラエルが事実上「建国」された1948年よりも前に、ユダヤ人のための高等教育機関として設立されました。その構想にはかの有名なアルベルト・アインシュタインをはじめとした何人もの高名なユダヤ人が賛同と様々な支援を寄せ、またヘブライ大学もたくさんの著名なユダヤ人の学者や政治家を輩出しています。ヘブライ大学の玄関ホール(というのかわかりませんが…)には彼らとその功績を記したモニュメントや、彼らのための資料室まであります。

 もちろん現在はユダヤ人だけでなく、アラブ人やムスリム、クリスチャン、その他様々なアイデンティティをもつ人びとがヘブライ大学に通い、学んでいます。エルサレムという立地、その規模、イスラエルだけでなく中東地域全体で見ても抜きん出た評価(いくつかの世界大学ランキングでは東大や京大より上の30位内に入っていたことも)等を鑑みて、イスラエルを代表する大学であると言って間違いないでしょう。

 同時に。ユダヤ学の盛んなヘブライ大学は、シオニズムの学術的拠点としてしばしばアカデミックBDSの対象ともなる機関です(シオニズム:聖書に基づいてパレスチナの地をユダヤに帰するべきだとする考え及び活動 BDS:Boycott, Divestment, and Sanction (ボイコット、投資撤収、制裁)の頭文字で、国際法に違反するイスラエルへ圧力をかけることを目的とするキャンペーン)。

 職員や教授陣の全員がシオニズム的思想を持っているというわけではもちろんありませんが、実際に学内にはシオニズムを支持する聖書系や政治思想系の学生団体が多いように思います。そのうちのひとつでは、先日、西岸地区の分離壁建設の責任者であった元政府高官を講師に招いての公演が開かれていました。

 僕は、日本の大学でパレスチナ問題を勉強する中で、ユダヤ人に共有されるシオニズムや、近年ますます右傾化しているとされるイスラエル世論の存在が、どうしても実感できずにいました。そして、シオニズムがどのようなレベルでどうやってイスラエル国民に受け入れられているのか、現在のネタニヤフ政権(崩れつつありますが)に反映される世論とは何なのかを体感するために、ここに来ました。

 日本で学んでいた時とはほとんど180度違う周囲の環境の中で、彼らの中のパレスチナの重みや、彼らが前提とする「事実」とは何なのかを、慣れない英語に苦戦しながらも、逃さず掴み取れるように日々耳を傾けています。


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 人文学系の大学院の施設。眺望がすごい。

 ヘブライ大学(のMt, Scopusキャンパス)は高地であるエルサレムの中でもさらに山の上に位置し、旧市街含めエルサレムが一望できる絶景も有しています。


 さて、普段の生活はといえばですが…、

 多くの留学生を受け入れるヘブライ大学には、やはり大量の学生を受け入れられる寮があります。Students Village と呼ばれるその寮には24時間利用可能なコインランドリーもついていて、あと何故か、気をつけないと踏んでしまいそうなほどたくさんの猫や子猫がそこら中で寝転んだり喧嘩したりしています。もちろんみんな野良。どうやら、寮のゴミ捨て場と学生がたまに可愛がるのをアテに居ついてしまっているようです。

 

 寮はアパートに区切られていて、ひとつのアパートに最大5人が入るようになっています。それぞれのアパートには共有のキッチンとトイレ、シャワー、ダイニングがあり、それぞれの個室が一つずつ。個室には大きな机とベッド、クローゼット、本棚と大きな窓がついていて、なかなか居心地のいいものです。

 学生たちは自分の部屋か、たまにダイニングに集まって一緒に勉強し、近くのスーパーに買い物に行くか冷蔵庫と相談しながらその日の献立を考え、夕食後は共同スペースで歓談し、自分の部屋のベッドに戻って眠りにつく、という具合。アパートによって差はあるようですが、幸運なことに僕のアパートは特に仲が良い方みたいです。

 

 ちなみに、僕らのアパートの中で僕の部屋だけ、少しだけ広いつくりになっています。広いだけでなく、窓のシャッターの構造も、ドアが2重になっているところも、他の部屋とは違っています。これはつまり、僕の部屋がこのアパートの「シェルター」であり、何かあったらこのアパートの5人はこの部屋に避難しろ、というわけです。

 基本的に、イスラエルのほぼすべての建物にはこのようなシェルターがついています。有効活用されることがないように祈っていますが…。


 Rothberg International Schoolの学生の7,8割くらいはアメリカの学生で、そのうち半分以上がユダヤ人であるように思います。僕のルームメイトも4人中3人がアメリカ出身で、そのうち2人はユダヤ人です。

 次に多いのがドイツの学生で、彼らはホロコーストの経験からユダヤ人に特別な感情を抱いていることが多く、Rothbergに来ている学生も多くが親イスラエルだな、と感じました(同時にanti-semitismが育ちやすい国でもあるのですが)。
 あとは、イタリアやフランス等ヨーロッパからの学生がチラホラ。

 ちなみに、日本人は僕一人でした。それどころか、アジア全体でも僕を含め2人だけで、まだまだアジアではイスラエルは留学先としてメジャーではないのかもしれません。あるいは、日本からイスラエルへ留学する学生にはハイファやテルアビブの大学の方が選択しやすいのでしょうか…。


 中東において特異な存在感を放ってきたイスラエルに留学してくる学生の多くは、イスラエルの中東史観や政治、国際関係論を専攻として学びに来ています。また、アメリカ出身のユダヤ人は民族教育として現代ユダヤ学とセットでイスラエル―パレスチナ問題も学ぶらしく、彼らのほとんどがアラビア語も既にある程度習得しているようです。

 こっちに来て一番楽しいのは、そういう学生たちと毎晩のように中東やアメリカ、ヨーロッパや各国の歴史や政治について議論できることです。聞いていた通りアメリカやドイツの学生は本当に議論好きで、3日に2日は他のアパートの学生も誘って夕食会を開き、その場で様々な国際問題について見解を交わします。各国で国民のどれぐらいが自国のことをどう思っているのか、お互いのことをどう見ているのかが垣間見えるこの議論の場はなかなか貴重で興味深く、僕はいつも頭をフル回転させながら聞き入るのです。

 

 ちなみに、時折日本についても触れられるのですが、彼らから発せられる僕への質問は、「日本と韓国はいま世界の中でもすごい勢いで右傾化してるよね、国民はどう思ってるんだい?」「日本はますます景気が悪化してるみたいだけど、生活の実感はどんな感じ?」「日本って労働者や研究者、大学教授にとってさえもめちゃくちゃ生きにくい社会設計だよね、君は将来も日本で働くつもりなのかい?」「なんで寿司ってあんな美味いの?」という具合です。

 政治学を学ぶ海外の学生からのリアルな日本の評価を受けて僕は、いや辛い……けどマジでその通りなんだよなァよくわかってるよなあ、と少しうちひしがれてしまいました。トランプさんが大統領になり、それに続くように世界各地でポピュリズムが勃興した時、日本ではその異常さや「なぜ日本ではポピュリズムが流行らないのか」みたいな論が何度もメディアで取り上げられましたが、海外から見れば日本もとっくに同じような道へ、いや、もっと悪いかもしれない方向に歩を進めていたようです。アメリカのある学生には、「日本は休暇を楽しむにはいいけど、絶対に移住はしたくない国だよね笑」と言われてしまいました。

 海外の人々が好きな「日本」は日本の食べ物やカルチャーであり、政治経済や社会規範など、「国」としてはその荒廃を完全に見抜いていて、なんというか、「憐れまれている」という感じです。まずは国内の「日本スゴイ!」キャンペーンを止めて、日本国民にこの現状を認識させるところからだな…と改めて思いました。



 この一ヵ月でかなり色々な都市や観光地をまわったので、次回はその旅行記と少し考えたことを書いてみようと思います。

 

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