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目黒区 天台宗泰叡山瀧泉寺(目黒不動尊) 私の百寺巡礼207

かつては東急線沿いに住み、不動前駅近くの会社に少し勤務していた私は「目黒不動尊」という名前で呼んでいたもので、どこの宗派かとか正式な寺の名称を知らなかったのだ。
えらいすいません。

天台宗泰叡山龍泉寺は、大同3年(808)に慈覚大師が開創したといわれ、不動明王を本尊とし、通称「目黒不動尊」と呼び親しまれています。 江戸時代には3代将軍徳川家光の帰依により堂塔伽藍の造営が行われ、それ以後幕府の厚い保護を受けました。また、江戸五色不動(目黒・目白・目赤・目黄・目青)の一つとして広く人々の信仰を集め、江戸近郊における有名な行楽地になり、門前町とともに大いに賑わいました。さらに江戸時代後期には富くじが行われるようになり、湯島天神と谷中感応寺(現天王寺)と並んで「江戸の三富」と称されました。 境内の古い建物は、戦災でその大半が焼失しましたが、「前不動堂」(都指定文化財)と「勢至堂」(区指定文化財)は災厄を免れ、江戸時代の仏堂建築の貴重な姿を今日に伝えています。 その昔、境内には「銅造役の行者倚像」、「銅造大日如来坐像」(ともに区指定文化財)があり、仁王門左手の池近くには「山手七福神」の一つの恵比寿神が祀られています。 裏山一帯は、縄文時代から弥生時代までの遺跡が確認され、墓地には甘藷先生として知られる青木昆陽の墓(国指定史跡)があります。(目黒区教育委員会)


観音堂の前の枝垂れ梅は映えるううう。

枝垂れ梅 観音堂に 手を合わす

刷毛筆の供養塔がある。昔の日本人は物にも命があり、大切に使っていたのだなと改めて思う。


作曲家の本居長世の碑がある。

旧い歌なので、知らない人が多いかもしれない。


と、ここまでは、平地でのんびりと歩くのみ。


この石段を上がると本堂になる。
ちょっと面白いのだが、鳥居の向こうに観えるのが天台宗寺院なのだ。
神仏習合を感じる。こういう光景が私は好きだ。多分、育った所というか、元々の菩提寺が神社と無人の寺院とが同じ敷地にあったからだろう。


こちらがお不動様だ。


山手線目黒駅からも歩ける立地であり、都心部でこれだけの敷地にゆったりとした空間はなかなかない。
青空の下、ゆっくりと歩くのだった。

天台宗泰叡山瀧泉寺(目黒不動尊)
目黒区下目黒3-20-26
JR目黒駅より15分 東急目蒲線不動前より徒歩8分

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