「キム・ジヨン」を韓国語原書で読む【推しはゆうき先生編】

なんかもっと早く書こうと思ってたんですけども。
세월은 흐르는 물 같군요(あってます?)


2020年7月から9月までの毎週土曜日19時から21時。全12回。
「82年生まれ、キム・ジヨン」を原著で読むスタディ。形式は時勢を反映してzoomにて。

昨年日本の外国書籍ランキングを席巻した「82年生まれ、キム・ジヨン」を原著で読むというこのスタディを提案してくださったのはゆうき先生だ。
韓国語学習者なら誰もが知っているゆうき先生。
全国の韓国語学習難民に絶大な人気を誇った発音セミナー。
大阪会場はまじで秒で売り切れた気がする。
ようやく参加できた神戸会場でサインを書いてもらって有頂天に。それ以外にも留学説明会などでお目にかかると、まるで推しを見つけたかのように胸が高鳴る私ですが、恥ずかしながら長らくゆうき先生のことを存じておりませんでした。結構なツイ廃だったのにな。まあ当時は育児ツイしか見てなかった気がする。私にとって韓国語はもう遠い日の花火だったから…パアアアン

ゆうき先生のことを最初に知ったのは韓国人の日本語がうまいナムジャサランチングからだった。
5年ほど前にソウルに遊びに行ったとき、そのナムジャサランチング(長いな。以下ナムサチン)「ご飯おごって」と連絡したら「新村まで来てよ。今日は関西弁勉強会なの」
は?関西弁??なんだ、大阪からの留学生の悪ノリか?などと邪推していた。
ナムサチンに会ってご飯を食べながら「あ、なあなあ、今日勉強したやつ見せてや」と優しい私は彼の復習のために大阪弁全開で聞いてあげた。
教材のプリントを見て「え…すげえ」ってなったのを今も覚えている。
生粋の大阪人の私が「えー!知らんかった!」みたいな細かいニュアンスの違いとか、発音についてもかなり掘り下げて書かれていて「全然悪ノリちゃうやん。研究レベルやん」って反省した。
「この先生誰なん?」
「すごく韓国語がうまい日本人だよ。僕が会った日本人の中では一番うまい。ホンデで日本語を教えてるよ」
そんな人いるのか…へえ…と思った。けど韓国にいるならあんまり関係ないか~と思ってそれ以上聞かなかった(あほ)。
で、帰国してしばらくしてTwitterのタイムラインでゆうき先生をお見かけした。bioでホンデで教えていることを知った。発音セミナーで全国行脚されていたり、帰国するたびにイベントをされていたり。

なんだ完全に私が必要としているお方じゃねえか!!

ナムサチンにカトクで「もしかして前に言ってた大阪弁の先生ってゆうき先生?」「そうそう!」それが私の一方的なゆうき先生との出会い。

参加した発音セミナーで「すごいな、すごい先生だな!」と感激していたのだが、当時先生はソウル在住。発音セミナーも年に一度の開催だった。それが3年前に先生が突然のご帰国!そして私の地元にある大学で教鞭をとられるとな!!
まじかよ!T塚山G院って韓国語の学べる学科あったの?!
しかも今って共学なん?意外すぎるわ。
あそこってワンレンボディコン、ヴィトンのカバンからヴィトンの財布が出て来るマトリョーシカヴィトンの女子大だったのよ!?(偏見がひどい)


先生が帰国されてから大阪でのイベントを開催されているのを横目に、私は壮絶育児の真っ只中にいた。まだ、韓国語にガッツリと戻れる環境になかった。時間は少しづつできてはいたが、気持ちの余裕がない。仕事、家事、育児そして離婚と、生活に韓国語が入り込む隙がなかった。
「韓国語やりたいな、いいな」と思いながらTwitterを眺める日々が続いていた。ワンオペ育児真っ最中で、毎週教室に通うのはまだ無理そうだった。けど一人で黙々と勉強できるほどの強い意志は持っていない。


そんなコロナ禍の春の日、ゆうき先生のツイで「韓国小説についての解説をZOOMでやってみるけど参加しない?」っていうのが流れてきた(いやこんなかんじじゃなかったけども)。教材は「静かな事件」という小説で、あわてて本を買ってから気が付いたんだ、「わたしこれ原書もってる…」。そう、読んだことがあったんだよな~あはは~すっかり忘れてたな~(老化)

その「静かな事件」の先生の講義がほんっとに面白かった。大学時代こんな楽しい授業あったっけ?ゆうき先生すごない?エグすぎるやろ!(見取り図盛山さん風)

その後キムジヨンの読書勉強会へと進んでいったんだけど(申し込みはたぶん一番だった。チケッティングのごとく30分前から全裸待機してた)、毎週10ページほどの韓国語を訳し、韓国語の表現について考え、社会背景や単語の意味を調べ、マストな日本語について熟考し…

熱出たわ!!(喜んでいる)

くじけそうになったこと多数。zoomのブレイクアウトルームで4にんぐらいで持ちまわって翻訳するんだけど、「先生、今回はブレイクアウトルーム外してくだせええ…すまねえ…」とこっそりLINEでお願いしようとしたこと数回。直前でなんとかなったけどまじで綱渡りな日々。それでも新しい表現と出会い、新しい知識となっていくのが本当にうれしかった。ゆうき先生ありがとうございました。そしてスタディをひっぱってくれた同士のみなさんにも感謝。いつかソウルでお会いできる日まで!鍾路三街の路地裏でギョプりながら「ゆうき先生まじ容赦なくね?」と愚痴りながら緑のソジュビョンをマイクにしてオモナを熱唱する日を夢見て。







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