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  推しを1人見送った。


  正直、自分がこんなに凹むと思ってなかったし、今年1番泣くことになるとも思ってなかった。
  これまで「ああ、あの子卒業しちゃうんだ」「寂しいな」なんて思うことは幾度もあったけど、どこか他人事で過ごしてた。過ごせてた、が正しいかもしれない。

  彼の卒業が発表されてから1ヶ月、言葉の綾一切なく連日泣いてやだやだしてた。
  覚悟を決めた推しを見送るのがきっとファンとして正しいとされるスタンスだろうけど、無理だった。マジで本当にダメだった。何回自分の中で落とし前をつけても、嫌なもんは嫌だって気持ちが溢れて止まらんかった。

  なんだかんだ好きな物は永遠に続くだろうって無意識に安心しきってた矢先の出来事。
  発表を聞いてから、あの大会も、あのライブも、あのコンビも、私が知らぬ間にいつのまに最終回を迎えてたんだって思った。知らぬ間に身辺整理してたんだなぁって勝手に思って怖くなった。

  最推しってわけでもなく、毎配信ちゃんと見てたわけでもない。ただ多分私はこの人が欠けてればこの界隈にハマってなかった。
  私のオタク人生は実に平和で、推しが死んだこともなければハマった歴代の沼がサ終したこともない。
これまでは私が好きを置いていく側だったんだなって、生まれて初めて置いて行かれる側になって気づいた。

  今この瞬間を最前線で駆け抜けていた人が、今日から急に過去の人になった。そんな風に感じてやまない。
  「記憶からいなくなる訳じゃない」「またいつでも見れる」、それはそう。
  でも、卒業引退は即ち推しの死。私はそう思ってる。アルバム見返して「こんなこともあったね」って過去に触れる、墓参りと一緒の気持ち。
  この界隈、2次元と3次元両方の側面を同じくらい持っていて、その両方の楽しさも辛さも1ヶ月で味わわせてもらった。

  もしかしたら、最推しの卒業より泣いたことになるのかもしれないなぁって、昨日、数十分前を振り返って思ってる。
  3年間で色んな人に、界隈に、その外部まで沢山の影響を与えた、すごい人。
  なんかほんとに、ほんとに、なんかある度に繰り返し思う。失ってからしか大切なものに気づけない。    
  でも今回は、最高に輝く最後の1ヶ月を見れてそれだけは良かったなって思った。同じ時を共有できて、同じことで盛り上がれて本当に楽しかった。

  ずーーーーっと、この先たくさん彼にいいことがありますように。幸せいっぱいくれてありがとう。本当に楽しかった。本当に、楽しかった。

  誰にも埋められない穴が開いたまま、それ以外はこれからも変わらず推しを見続ける。

  推しは推せるときに。
  今大好きなそれも、終わりはゆっくりやってきてる。

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