諜報員のルイス
電波塔圏内に現れた異物の発見と調査。それがルイスに課せられた使命だった。
『王子』と呼び習わされる彼の身は、王宮に連なる一人である。本来ならば諜報は王子の仕事ではないが、塔の女魔術師は血族の外に目を持ちえない。王宮城下町は人間の国だ。人間には人間を、同族には同族を。生まれた時から純粋な『人間』であったルイスは街へと遣わされた。王宮内で条件に適う人員はもう一人、赤い髪の女王がいたが、女王はもっぱらその目立つ容姿を利用した陽動こそが専門であり、潜入には向かなかった。だから王子がやってきた。
王宮は学園に目をつけた。妖精の手から溢れた魔法使いがいるとしたら魔法学校に違いない、と。だってそうだろう。木を隠すなら森、隠れるのなら似たものの中へ。星屑を拾う指、暗闇に色をつける瞳、無垢のフィルターを通して触れる原初の世界。人間に混じって暮らそうとすれば、古き血を持つ生粋の魔法使いはどうしたって目立つ。
ルイスは身分を偽り、転校生として入り込んだ。同じ年頃の集団と、自身が幾年か前に通り過ぎたカリキュラム。ルイスは授業を受け、課外活動に顔を出し、『異物』が一体誰なのかを見定めるための情報を集めていく。秘密裏に内情を探るルイスの身体を古い魔法は包み込む。塔の女魔術師の『加護』は彼へ関わる者たちに、彼こそがこの学園にとっての異物であるという事実を覆い隠して見えなくする。
方々へ手を伸ばす。学園はもはや見知らぬ場所ではない。方々へ手を伸ばす。ルイスは笑みを絶やさない。信頼されているという実感があった。受け入れられたという確かな手応えがあった。それがたとえ『加護』による偽りだとしても、目立たず学園に溶け込んでいるという自負があった。そのはずだった。同じクラスの男から胡乱げな目で声をかけられるまでは。
男はたった一人、身体を覆う魔法の霧を見透かす。ルイスは居心地の悪さを感じた。なぜ見える? なぜわかる? しかしそれを問うわけにはいかなかった。
女魔術師の言う『異物』。この男がそうなのか? しかし目の前の男は血による魔法を使わず、さらに言えば通常の、つまり、道具の魔法を展開するのもどことなく不得手であるようだった。少なくとも、王宮に籍を置くルイスにはそのように感じられた。ぎこちない、そう、ぎこちないのだ。躊躇いの見える手つきが様々に魔法を展開するのが実に奇妙だった。
どうにもなにかがずれていた。ルイスは考える。秀でたものはあれど彼は自分と同じ『人間』で、女魔術師のいうところの『魔法使い』ではなさそうだった。しかし実情はどうにもわからない。歳を聞けば、男は17と答えた。それはそうだ、とルイスは思う。塔の歴史を紐解き、五世代前まで遡れば、塔の矯正の手は入らない。しかし目の前の同級生がそれほどの年嵩には見えなかった。
この男が探し人なのであろうか? ルイスは考える。この男を塔へ連れていくべきだろうか? しかしもし違ったら? 正体を明かす人間は少ない方がいい。それは道理だ。王宮は開かれた場所でないのだから。ルイスは考える。どうするべきか。ルイスは考え、この件を保留とし、引き続き学園の調査を続けることにした。
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