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「オッペンハイマー」というシングルストーリー

以下ネタバレを含みます。

公開日当日にオッペンハイマーを鑑賞し、我を見失うほどに動揺してしまった。
果たして自分が感じた怒りは正しいのか、身の回りの人々はどう感じたのか、それらは何に起因するのか。頭の中をそんなことがずっと巡っていて朝の5時になっていた。

鑑賞直後の自分にとっては、ラストシーンにおける言葉とこの映画がアメリカ社会において広く受け入れられているという事実はこの映画がただ彼らのための免罪符であるとしか考えられなかった。今年同じくアカデミー賞に多数ノミネートされた「アメリカン・フィクション」における一つのセリフが自分の中に浮かんだ。


「アメリカン・フィクション」より

実際、この「オッペンハイマー」という映画がどこまでがフィクションであって、どこまでが事実なのかということは視聴者である我々にスクリーンの中で説明されることはない。しかしながら完璧なノンフィクションであればそのように広まるであろうことからもきっとそうではないのだろう。

「アメリカン・フィクション」からの引用は、両方の作品における背景が当たり前ではあるが遥かに違うものであり、間違った行為なのかもしれない。だがこの映画が評価されればされるほどにカウンターとして力を持つような作品でありながらもそれを候補として入れざるを得ないようなアメリカ社会、原爆の原料であるウランの採掘などで苦しんだコンゴの人々の物語の欠落、そして白人の人々の免罪符の場なのではないかと疑問を抱かれているようなアカデミー賞の存在はどこか繋がっているようにも感じざるを得ない。

そしてもう一つ、この作品を見て思い出した話がある。それはチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの有名なスピーチである「The danger of a sinngle story」である。様々な人々のレビューや意見、評論を見た後としての自分自身の考えは、この映画自身が持つ影響力やパワーについての無自覚さのみは明確に批判することができるというものである。被災地である広島や長崎の描写の欠落など様々な事柄は日本人である私たちを不安定にさせるが、結局はオッペンハイマーの映画であるという一言で肩がついてしまう。そうした時に考えないといけないことがこの作品のシングルストーリーとしての側面だ。

まず原作においてこのような重大なトピックでありながらも一人称で話が進んでいくという構図の段階においてこの危険性は十分にある。さらにはその描写を忠実に、そして映画的にノーランは成し遂げている。

スピーカーである彼女は、影響力とシングルストーリーは密接な関係があるとしていて、現代世界におけるクリストファー・ノーラン監督の最新作、アカデミー賞作品賞を含む多数の受賞という影響力は、簡単に言ってしまえば前年度で最も影響力を持っていた映画だとも言える。

そしてこのスピーチの中で最も今回の話に通ずる一文は
Power is the ability not just to tell the story of another person,
but to make it the definitive story that person.
影響力とはある人の話を語るだけでなく、その人の完全で正確な話を作る才能のこと。

映画というものが他の芸術に比べて歴史が浅いものであるということはアカデミーのスピーチでも話されていたことだが、映画以上に巨額の金銭とそれに伴う人員が動く芸術は多くない。それは映画という構造上変えることのできないものではある。

しかしながら、すべての映画が政治的であるとヴィム・ヴェンダーズが言ったようにその点にはみな十分な注意が向けられていたと自分自身過信していたところもあるように思う。

彼が生み出したこのオッペンハイマーという作品は、その危険性を十分に理解していないだろうというのが私の意見である。映画であるという都合上、すべてを描くことは不可能であり、それらを補うような行為こそが映画鑑賞の一つの醍醐味でもあり、批評の付けいる隙間ではあると思うが、私自身この映画におけるシングルストーリーの怖さというものは感じざるを得ない。実際に日本人のレビュアーの中には映画で語られることのなかったことは自分で学べと言われているような挑戦的な意思が感じられたと話している人もいた。しかしながらそのように考えるような人々以外にもこの物語は伝わる力を持っている。ノーランというある1人の人間とその作り出した映画の影響力は彼らにとって到底コントロールできるものではなく、そのことは奇しくもオッペンハイマーと繋がる。もしそのことさえも理解してノーランがこの映画を作ったのであれば恐ろしいがどうなのだろうか。

だが、僕自身がこうして考えることすらもシングルストーリーのれっきとした一例であることには間違いなく、その危険性に怯えながら少しでも多くの物語と出会っていきたい。

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