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小説「だりむくり」読書感想文

11月15日、夏川椎菜さんの3rdアルバム「ケーブルサラダ」が発売されました。完全生産限定盤には夏川さん執筆の小説がついており、なんとその量は79頁。すさまじい熱量を感じます。これを受けてオタクの自分も熱量持って何かしたい!と思い3つの感想文を一つにまとめて投稿しようと思ったのですが、これ含めた趣味に時間を割きすぎた結果日常生活が大変な事になりかけてしまったので断念。複数の仕事をこなしきる夏川さんの凄さを痛感。()
このブログでは「だりむくり」、明日投稿しますブログでは「ササクレ」の感想をお話しします。
まず最初にツアーや舞台稽古など忙しい中でこんな素晴らしい小説を執筆した夏川椎菜先生に感謝と敬意を込めて、感想文を書き始めようと思います。
 

この小説は、主人公の少年時代の回想から始まりますが、ここには「子供時代」を表す言葉が沢山入っていました。「砂場」、「カブトムシ」は少年時代の遊びの象徴であり、スピーカーから流れる「ゆうやけこやけ」は多くの地域で5時を伝える時報であり、子供達が家に帰る合図です。沢山の子供時代を表す描写で、子供時代の記憶がダイレクトに蘇ってきました。
ひとつページをめくると回想は終わり、会社の残業をする主人公の様子が描かれます。そこに出てきた言葉は子供には苦くて飲めない「コーヒー」、学生生活ではまず聞く事のない「タスクの進捗」など大人、社会人を表すものでした。これで読者は「主人公は今は大人になってしまったんだな」と大人になった事をネガティブに感じられると思います。ここの対比が美しく感じました。そして、このような構造は他にも見つけられます。
その中で自分が1番悲しくて美しい対比だと感じたのは、「紅潮」の描写です。子供時代の主人公は、女の子に褒められて顔を紅潮させていたけれど、現在の主人公は、1人で酒を飲み、酔いで顔を赤くしました。ここから主人公が何を求めてだりむくっているのか、なぜ涙を流しているのかを読み取ることができます。大人になって抱く孤独感や虚無感をこういう形で伝えるテクニックは凄いなと感じました。
またこの小説は、原曲の「均す」という歌詞の深掘りにもなっていると思いました。
砂場を離れるから砂に書いたカブトムシを均し家に帰った主人公。このリアルな表現は、帰りたくないけど「また明日」と友達に告げて、綺麗な夕焼けを見ながらまた明日友達に会える喜びと楽しい時間が終わってしまう少しの悲しみを抱き帰路についた読者達の少年少女時代を思い出させてくれます。
また「均す」という言葉は、昆虫博士に憧れていた主人公が凡庸なサラリーマンになったように、色んな個性を持って生まれた子供たちが大人になるまでに、皆が「社会の歯車」になれるよう教育を受けて個性を潰されていく事も表しているように自分には感じられて好きです。
次に、「まんげつ」についてです。
小説のラストで、主人公は満月を観れる事を微かな希望として生きる事を選択しました。この満月の小説における役割を考えて、自分の中では「子供時代には味わう事のできない人生の魅力」という解釈に落ち着きました。月の出、月の入りの時間は、月が見せる形によって異なります。例えば三日月は、およそ8時に昇り、20時に沈みます。そして満月が昇る時刻はおよそ18時。沈む時刻は翌朝6時です。
満月が昇り始める18時は、17時に帰ってしまう子供たちは家に居る時刻。つまり、17時に帰れなくなった社会人になったからこそ、満月を観る機会が増えたという捉え方も出来ます。そして満月の日は、1か月に1回ほどの頻度で必ずやってきます。この事からこの小説のラストは、「確かに大人になって子供時代に味わえる楽しさは失われてしまうけど、大人になっても子供時代とは別の楽しみ方を見つけられるよ」というメッセージにも感じました。
最後に、この小説や原曲では「5時(17時)」という時刻がキーワードになっていると自分は捉えていますが、この小説内の季節は秋であり、ケーブルサラダ発売は11月です。11月は日本本土の日の入り時刻が16:00すぎ〜17:30近くである為、17:00を過ぎると暗くなります。なのでこの時期には17時になると「もうこんな遅い時間か」と多くの人が感じます。「楽しく遊んだ子供時代」を表す夕方と、「家に帰れない大人」を示す夜。この夕方と夜の境目が17時近くであるという理由で、この小説は11月という時期に読むとタイムリーに感じられるなと感じました。


以上がだりむくりの感想です。この物語の回想時代の女の子との会話部分は、「甘酸っぱい」なんて言葉が似合うと思います。恋愛(にまでは行ってないと思うけど)的な甘酸っぱさと、大人になるとこういった経験をするのは難しくなるという儚さがダブルで心に響いてとても好きなシーンでした。そして何となくふわっと感じている、「大人は子供と違って同じつまらない事の繰り返しなのではないか」という事を詩的で、かつ読んでいて気持ちいい形で言語化してくれたこの作品は、自分自身がこの社会について考える上でとても良い役割を果たしてくれる作品だと感じました。
ササクレの感想文も是非ご覧ください。
それでは。


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