メンタルヘルスへの配慮

IT業界は、メンタルヘルス不調が出やすい業界であるとされている。
メンタルヘルス不調者が出てしまうと事業に悪影響があり、何よりメンタルヘルス不調者自身のQOLを損なってしまうため、メンタルヘルスへの対策は必要である。

この記事では、IT業界の特殊な背景と、IT業界でのメンタルヘルス対策について、客観的に事柄に絞り説明する。


(1)IT業界特有の事情

2020年に「過去1年間におけるメンタルヘルス不調による連続1か月以上の休業をした労働者及び退職者割合」という政府統計が取られた。
この統計によると、1年間でメンタルヘルス不調により1か月以上休業する社員の割合が、インターネット附随サービス業は1.5%、通信業は1.1%、情報サービス業は0.9%であるとされている。100人いれば1人はメンタルヘルス不調により長期休暇を取っているという計算である。
(職場によってはこれより高いこともある。また、長期休暇を取らないまでも、メンタルヘルスが不調のまま踏ん張っている社員がいることも予想される。)
これは全業界で1位・2位・3位であり、平均の0.4%と比べるとその高さがうかがい知れる。

IT業界に限らず、一般的に「仕事の責任が重くプレッシャーを感じる」「仕事の裁量が少なく自分の仕事を自分でコントロールできない」「各種ハラスメントが横行している」といった環境では、メンタルヘルス不調が発生しやすくなるが、IT業界特有の理由も存在する。
それを挙げていくと以下のようなものである。

【不規則な勤務が多い】

IT業界では、長時間残業や深夜作業・休日作業を余儀なくされることがある。

開発では納期前に「デスマーチ」と呼ばれる追い込みを強いられることがある。
36協定が遵守されていたとしても、1ヶ月100時間弱の長時間残業を強いられる可能性がある。

また、保守・運用では、システムの都合に合わせた勤務が必要になることがある。
システムがサービス時間外となる時間帯でないとできない作業があるためである。
そのため、深夜作業や休日作業が必要になることがある。
更に、緊急のシステム障害の場合は、そのような勤務が予定外で発生する。

このような過大で不規則な勤務は、プライベートの充実や睡眠時間の確保を難しくさせる。
当然、メンタルヘルス不調を抱えるリスクは高まる。

【孤独感を感じやすい】

IT業界はPCの前に座っていることが多い仕事であり、直接会話する機会は少ない。
また、IT業界に多い客先常駐という形態の場合は、自社の社員がいない・少ないという環境になることが多く、良く知っている自社の社員との繋がりを感じにくくなるため、孤独感を強める要素になり得る。
コロナ禍でIT業界に浸透したテレワークも、非公式のコミュニケーションが発生しにくい勤務形態であるため、孤独感を強める要素になり得る。

人との繋がりを感じにくく孤独感があるというのは、メンタルヘルスにマイナスである。

【褒められることが少ない】

特に保守・運用に言えることであるが、この仕事は縁の下の力持ちな面がある。
また、システムは動いて当たり前と思われやすい。
そのため、システム稼働を維持していたとしても、褒められることは少ない。
逆に、システム障害を発生させてしまうと叱責を受けてしまうことが多い。
このように、仕事の中で自己肯定感を感じることが少ないため、メンタルに厳しい仕事と言える。

【技術要素の変化が激しい】

IT業界で使われる技術は変化が早く、次々と新しい技術が生まれる。
また、若年者は知識の習得が早い上、教育機関で新技術を学んでくることもある。
そのため、現場で最前線に立ち続けるには勉強の継続が欠かせない。
このことは、余暇の時間を減らすことになり、プレッシャーにも悩まされる原因になる。

なお、これはIT業界に限らないが、出世やステップアップにより、現場仕事から管理側の仕事へ移行することもある。
この場合は、技術の変化に悩まされることは少なくなるが、仕事内容が変わることで、人によってはやりがいを失うことがある。

【メンタルヘルス不調を抱えやすい社員が多い】

IT業界の技術者には、高い論理的思考力が求められる。
また、ある種の発達障害者は論理的思考力が比較的高いとされており、発達障害者にお勧めの職業として技術者が挙げられることも多い。
しかし、発達障害者は人とのコミュニケーションに難を抱えることが多いため、メンタルヘルス不調を併発することが少なくない。
コミュニケーションが少ないIT業界といえども、チームワークは必要であり、職場に発達障害への理解が無い場合は、メンタルヘルス上リスクとなる。

発達障害者ではないとしても、仕事内容によっては、メンタルヘルス上のリスクが高い性格を持つ人物が求められる。
コンピューターを動かす上では論理性が求められ、曖昧さは許されないため、完璧主義な性格が求められる面が出てくる。
しかし、この完璧主義は、メンタルヘルス不調のリスクが高い性格でもある。

(2)メンタルヘルス不調の影響

メンタルヘルス不調になった社員は、パフォーマンスが悪くなり、最終的には休職や退職をせざるを得ない状態になる。
具体的には、メンタルヘルス不調になった社員には以下の症状が発生する。

【前兆となる症状】

  • 勤怠が乱れ始める(遅刻や突休をするようになる)

  • 声のトーンが暗くなる、ネガティブな発言が増える等、明らかに元気がなくなる

  • 頭痛が増える、風邪を引きやすくなる等、体調不良が増える

【IT業界で良く目にする病名】

メンタルヘルス不調の病院での診断名は以下の通りである。

図1-1:メンタルヘルスへの配慮

なお、メンタルヘルス不調の症状により通常の就労が困難になった場合、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けるケースもある。
日常生活を自力で送れるが就労が困難、という程度の場合は、精神障害2~3級となる。

【メンタルヘルス不調の治療と経過】

メンタルヘルス不調を病院で治療する場合、治療で即効性が高いのは投薬である。
しかし、投薬治療には副作用もあり、眠気といった仕事のパフォーマンスを落とす副作業もある。
また、病院から診断書をもらい休職を余儀なくされるような強い症状が現れた場合、休職期間を終えて復帰しても再び休職してしまう可能性が少なくない。復帰を急ぐ場合は特にその傾向が強くなる。
仕事の中で強いストレスを感じる経験をしてしまっており、仕事をする中でその経験が想起されるので、周囲の理解とサポートがなければ復帰は難しいものとなる。

(3)メンタルヘルス不調の対策

一般的に、メンタルヘルス不調への対策は以下のようなものとなる。

【セルフケアの推進】

研修を通して、各々の社員に以下の知識を身につけさせることで、メンタルケアを各々の社員自身で行うことができるようにし、メンタルヘルス不調の減少に期待できる。

  • ストレスやメンタルヘルスに関する正しい知識

  • ストレスマネジメントやメンタルケアの方法

研修で伝える内容は、厚生労働省や医療機関等の信頼できる機関が発信する情報に準ずることが望ましい。

【職場でのメンタルヘルス対策の実施】

メンタルヘルス不調を招く要素を取り除いたり緩和したりする対策を職場で行うことも重要である。
例えば、深夜の労働時間が長くなりすぎないように勤務時間をシフトするのは良い対策である。

また、メンタルヘルス不調者が発生した場合に、復帰しやすくなる環境を整えることも重要である。
例えば、復帰した際に、メンタルヘルス不調が発生した業務から外し別の業務を割り振る、という対策は有効である。

ただし、良かれと思った対策に効果が無い、もしくは逆効果となることも良くあるので注意が必要である。
特に、他人の気持ちがわかることを前提とした対策は厳禁である。
見た目や口先だけで他人の内面を知ることは極めて困難であり、本当にメンタルヘルス不調の場合は自尊感情が損なわれているケースも多く、デリケートな対応が求められるからである。
例えば、労ったり本音を聞き出したりするために半ば強引に飲み会に誘う、というのは日本の職場では見られがちであるが、飲み会で相手の本音を見誤ったコミュニケーションを取ってしまった場合、当人の視点では響かないコミュニケーションを取られていることになり、当人のメンタルヘルスは改善しない。それどころか、一人の時間が削られることは、人によってはメンタルヘルスの悪化要因になる。内向的な人間には一人の時間も必要だということを認識するべきである。
(補足:飲み会が決して悪いわけではなく、特に孤独感を感じにくくなる効果は大きいので、その点は認識するべきである。あくまでも、「メンタルヘルス対策にならない場合があるので無理強いは良くない」という話である。)

他人の気持ちを正しく理解することは、専門的な訓練を受けたカウンセラーにとっても決して容易ではなく、専門的な訓練を受けていない一般の会社員にとってはなおさら難しい、ということを認識するべきである。
職場ができる対策としては、メンタルヘルスが悪化しにくい環境を整える対策、具体的には負担を減らしたり非公式コミュニケーションを促す仕組みを導入したりすることであり、その範囲を超えることは専門的な機関に任せるべきである。

【会社全体でのメンタルヘルス対策の実施】

メンタルヘルスは敏感で難しい分野であるため、職場での自助努力だけではなく、外部の専門家や社内の専門担当者、例えば、産業医や衛生管理者、保健師、人事・労務担当者が支援することも重要である。
特に、全社的な施策や、長時間労働者へのヒアリング、職場でのメンタルケアのサポート、外部機関との連携等は、このようなポジションの人物でないと実施が難しい。

【社外機関を用いたメンタルヘルス対策の実施】

厚生労働省や中央労働災害防止協会、商工会議所、健康保険組合といった社外の機関もメンタルヘルス対策を推進している。
具体的には、産業保健情報の提供、健康相談窓口の開設、アドバイザーや講師の個別訪問、といった活動に取り組んでいる。
社内だけではリソースやノウハウが足りない場合は、こういった社外機関によるサポートを得ることも重要になり得る。
下記のような助成金制度を利用することもできる。

図2-1:メンタルヘルスに関連する助成金制度

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