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トーテムポールの様に



この両手は、
私のこの両手は、
自分のものを持つためにある。
他のだれかのためにあるのではない。




男は、通りを進んでいた。
すると、華やかに着飾った女が
「これ、持って下さる?」
と言ってきた。

男は持ってあげることにした。

「持ってくれてありがとう。助かるわ。」
女は笑顔でそう言った。

「あなたが持ってくれると助かるの。
他の人じゃなくてね、あなただから頼りになるの。」
女はこうも付け加えた。


男は、自分が誰かを助けれていること、
その女が喜んでくれたことを嬉しく思って、
ずっとその女のものを持ってしまうことになった。

自分のものは、当然持てない。

そうして、もう、自分のものなんて
一体どこへいったやら...だなんていい出す始末。



さて、その女は一体を何してると思う?
男が荷物を持ってあげたけれど、
女はじゃぁ、残りの荷物を持っているのか?


いいや、ずっと座ってる。
何も持たずに。ただニコニコ笑って。


男は気づいていない。
なぜなら、「持ってて」と言われたが、
「座っていていいよ」とも言われたからだ。

女は、さも自分こそが大変であるかのように
見せるプロだった。
男は、自分は何もしていないという暗示を
知らず知らずかけられていたのだ。


あの女がニコニコ笑っている訳は何だったと思う?
自分の暗示が成功したから?



男はある時、重荷に耐えかねて
持っていたものを地面に置いた。

女は言った。
「そうそう、休憩も大事。
休憩もしっかりしてね、今のうちに。」

男は重荷から解放され、少し楽だった。
だがなぜだろう、その女のその言葉に、
男を労う響きを感じなかった。
顔が少し、引き攣っているようにも見えたのだ。


暫くして、男はあることに気づく。
そう、あの女のあの笑顔の理由、
それに気づいたのだ。

あの女は、荷物を持ってもらえたこと、
手伝ってもらえたこと、それに喜んでた
わけじゃなかったのだ。

男が荷物を持てば微笑み、
男が荷物を下ろせば、その顔から笑顔が消える。
その一瞬の差を、ある時見逃さなかった。
はっきりと見てしまったのだ。


要するに女は、ただ男の苦しいのが楽しいのだ。
苦しいのを見て、座って笑っているのだ。


男の顔は青ざめた。
その場に立ちすくむしかなかった。

しばらくして、男は
自分の手の平を見つめて言った。

「誰かのものを持っていたら、
自分のものが持てないじゃないか。
何の為の自分の手なんだ。」

男は悔しくて悔しくて、ぼろぼろと泣いた。

持つと言ってしまったこと、
そのことに女が喜んでいると思って
自分も嬉しくなってしまったこと。

女の口から出てくるものは、
男のそれとは全く毛色が違っていたのに、
そのことに気づかなかったこと。
その全てが、悔しくて堪らなかった。


「最初から、この手に何かを持っていたら
誰かのものを持とうとしなかったはずだ。
僕はいつもここに何か持っていないといけない。
持っていないからあの女、
『あらあなた手持ち無沙汰ね、これでも持って』
と寄ってきたんだ。」

男は拳を握りしめた。

「もう持てないし、持ちたくない!!」

男はそう言って持っていたもの全てを女に返し、
駆け出して行った。




1人になった男は、また
自分の手の平を見つめている。

「もう二度と、『持って』だなんて声をかけられて堪るか!たとえかけられたとしても、物理的に持てないと断るしか出来ない..そういう状況であればいいんだ!」

男は、ただ自分の手のひらを見つめている。
自分のものを持とうとしているのだ。



そうして、自分の手の平の上で、今微かに象られていく何かに、いつの間にか夢中になっていた。

それは、あの女が持たせてきたものなんかとは
比べものにならないくらいのものだった。

男はハッとして、つぶやいた。
「こんな大事で愛おしいものは、他に知らない。
他の誰かのものなんて、いよいよ持てるわけないじゃないか...!」


そう、あの女が持たせようとしたものは
これっぽっちも、その女にとって大切なものなんかではなかったのだ。だからあぁして人に持たせることが出来たのだ。きっと、よそから盗んできたものか何かなのだろう。
おそらくあの女、そもそも大切の何かを知らない。


自分の大事なものは、人に預けようと思わない。
大事なものを持ってないから、
平気で人に渡せたり、人から奪ったり出来る。

あの女は男の手を奪い、
男は男で、その得体の知れない何かを持つことで
知らず知らずあの女の泥棒ごっこに加担することに
なっていたのだ。




「大事なものがないから、奪いに来るんだ。」

この言葉がずっと、男の中で響いている。


「僕は、自分の大事なものを分かって
しっかりと握りしめていないといけない。
持っていない者が、何かしら奪いに来る。
人から奪うつもりがない者だって
大事なものを分かってしっかり掴んで離さないようにしていないと...
そうしないとあの盗賊どもに、
その身体ごと持っていかれてしまうのだから。」


あの、「もう持ちたくない!」と言って
男があの女から離れたあの時、
男の手は腐りかけていた。
あの女のもの、いや女のものでもないかもしれないが、誰かのものの色に指先が染まりかけていたのだ。


「人の物って汚いんだな。」
これはあの男の言葉だ。


自分にとっては、自分のものしか綺麗ではないのだ。
人の物には、絶対に触ってはいけない。
持ち主本人にとってしか、その本人の手の中にあってでしか、それは綺麗ではないから。

その人のものは眺めるしか出来ない。
手にした瞬間、あちらもこちらも汚れてしまう。


そう言えば、ある写真家が言っていた。
トーテムポールは、博物館に持っていったら意味がない。あの場所にあるから意味があると。
あるべき場所に毅然とぶっ刺さっている、
トーテムポールの写真を添えて。

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