世間は村上春樹を勘違いしている
村上春樹を読んだことのない人に,「村上春樹にどんな印象持ってる?」と聞くとする.そのとき返ってくる答えには,70%以上の確率で"セックス",もしくは”スカしてる”という雰囲気の単語が含まれているだろう.これが日本において作り上げられ蔓延している,村上春樹へのイメージだと思う.私だってちゃんと読む前はそのような印象を持っていたし,なんなら初めてノルウェイの森を読んだ段階でさえ「確かに」という感想を持った.しかしいろんな作品を読むうちに思ったのは,登場人物の世俗から反する行動にだけ無理に注目がいっていて,そういった気に触るような部分だけから村上春樹のイメージが作られているということだ.そして,そんな世の中の村上春樹へのイメージに拒否感を覚える層,その中でも特に世の中にうまく馴染めず苦しんでいるような人こそ,村上春樹の作品を読むべきだと思う.なぜなら村上春樹は,世俗と断絶したようなところで自分を追求してきた,つまり,世間に馴染まないことを選び,その中で苦しみつつもちゃんと楽しく生きてきた人間だからだ.世の中に馴染まなかった人間の究極系といってもいいような気がする.私が抱えていた,世を席巻するイケイケでスカした野郎という村上春樹へのイメージを打ち壊し,同調を感じさせてくれた小説をいくつか紹介します.
沈黙(レキシントンの幽霊)
沈黙の大まかな内容は,陰物的な人物である主人公が,人に認められるためにだけ動き,実際認められている同級生(青木)に圧力をかけられ,それに反抗して殴り返したら,学校中で無視されるようになった,という話.世間の村上春樹へのイメージとは真反対の,まさに暗い短編だと思う.特に印象的なのは次の一文.
「でも僕が本当に怖いと思うのは,青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れてそのまま信じてしまう連中です.」
現実だと,安全に生きるために多数派の意見を受け入れざるを得ないという場面は多くあると思いますが,安全に生きる以上に,正当でないことを受け入れられないこともあります.世の中生きづらい人の多くはそこで悩んでることが多いきがするのですが,村上春樹もそんな風なことを感じて生きてきたのかぁという同調を得ることができます.世界的に認められている人物でも,同じことを感じながら生きていたのかと感じることは,決して自分が間違っているわけじゃないんだと言い聞かせられてるようで,心が休まります.
あしか日和(カンガルー日記)
あしか日和のおおまかなな内容は,「バーで飲んでたとき隣に座ってたあしかと仲良くなって名刺を渡したら家にあしかが営業しに来るようになってこりごり」みたいな話.これも,世間のイメージとは別の方向で反対を向いている小説だと思う.バーであしかが隣に座っていて話しかけられるというのがまずいいし,営業に来て哲学的な話をするっていうのもほんわかしていてなごむ.そして,あしかがくれた会報誌の表紙に「メタファーとしてのあしか」という印象的なスローガン?が書いてあって,一緒についてきたシールを近所の違法駐車された車に貼るっていうのもシュールでユーモアがある.読んでいるだけでにやにやしてしまういい短編だと思う.いろんな長編を読んでいても,スカしているのか?という部分をよく見かけるが,この短編とかを読んだ後だと,あぁ,いつものシュールなギャグか,と判断して楽しい気持ちになることができる.村上春樹がかたっくるしい人物でなく,どうでもいいことをテキトーに楽しむその辺のおっさんだと,身近に感じれるようになるという意味で,いい小説だと思う.ハルキストとか自称して,高尚なもののように楽しんでいる人達も,これを読んで頭を冷やした方が良い気がする.カンガルー日和には他にも,スパゲッティーの年にというひたすらスパゲッティーを茹でる短編とか,ユーモアの効いたものがたくさん入っている.オヌヌメです.
「デュラム・セモリナ。イタリアの平野に育った黄金色の麦。一九七一年に自分たちが輸出していたものが「孤独」だったと知ったら、イタリア人たちはおそらく仰天したことだろう。」
夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997〜2011
村上春樹のインタビューを集めた本.村上春樹のことを嫌いな人が読んだら,村上春樹拒否シンドロームで病院に運ばれること間違いなし!!!今までキャラクターの口を通して間接的に発露してきた村上春樹の哲学が,本人の口からずらずらずらずらと出てくる.ファンにとっては最高だが,アンチにとってはまさに毒.多分本の帯だけで死ぬと思う.こんなことが書いてあるんですよ?
「それはすごく良い質問ですね.僕には答えられない」
ファーーーーーwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
まさに村上春樹といった感じです.という感じで,今まで村上春樹が書いてきた作品について,どんなことを考えながらそれを書いたか,何があなたにそれを書かせたのか,ということがインタビュー形式で綴られています.すでに村上春樹が嫌いな人は多分泡を吹いて倒れるので読まないほうがいいと思うのですが,偏見を持っているだけの人は読んでみるときっと面白いです.私が特に印象に残っているのは次の言葉です.
「僕自身,大学を出てからずっと,どこにも属さず,個人として生きてきました.就職もしなかったし,どのような組織にも属さなかった.日本社会でそうやって生きていくというのは,決して簡単なことではありません.どんな会社に勤めていて,どんな組織に属しているかで,人は評価されるところがあるからです.一般的な日本人にとっては,それはとても大きな意味を持つ問題です.そういう意味では,僕は自分をずっとアウトサイダーみたいに感じてきました.」
他にも,日本の作家が形成しているソサエティーみたいなものにも馴染めなかったみたいなことを言っています.コミュニティーみたいなものに馴染むのが非常に苦手な私にとって,こういう風に協調の束縛から解放されて楽しそうに生きている人がいると知ることは,自分を身軽にしてくれました.しかも世界的に成功しています.まさに世間に馴染めない人間の味方みたいな人だと思います.上の発言はねじまきどりクロニクルという主人公がニートだけど世界に抗うみたいな話を書いたときのものですが,他にも,作品の裏側の考えとかが語られています.村上春樹臭がすごいので,ファンの人もぜひ読んで欲しいです.
こんな感じで村上春樹作品は,決して世間一般が想像するようなスカした鼻につくものでなく,むしろ世界的に有名なのに実はすごく一般的な悩みと向き合ってる身近なおじさんが書いたものだと思っています.すごく身近なのに,抽象的で難しそうかつ高尚に感じれる割に文章が上手くて簡単に入ってくるから,麻薬的な魅力に取り憑かれた熱狂的なファンがたくさんいるのかな〜という気がします.村上春樹が影響を受けたサリンジャーのライ麦畑でつかまえての一文で,「本当にいい小説ってのは読み終わった後作者に会いに行って話しかけたくなるもんなんだな」みたいなのがありますが,まさにそんな感じです.もっと世間のイメージがアップデートされて,本当にそれが響く人たちのところまで村上春樹の小説が届くようになればいいな〜と思います.
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