ドラマ「白い春」を見て美しい涙を流し,人間としての自分を思い出すということ
私は人生の途中まで,ドラマというものを意識的に避けて生きてきた.なぜなら小学生の時,クラスのイケてる奴らがいつも昨日の夜見たドラマの展開がいかに素晴らしかったかで盛り上がっていたからだ.それを見た私は,あぁ,ドラマというのは私のような下等生物が見るべきではないのだなと子供ながらに思った.もし私が面白そうだと思ってドラマを見ても,誰にもその感想を共有することなく,胸の内で燻る感情を持て余すだけだと.そして私は,自分にドラマへの興味を失うよう暗示をかけ,まるでそれがこの世に存在しないかのように生活を送ってきた.それから長い時がたった.孤独にコンテンツを消費してきた私は,感想を自己完結させるという能力を手に入れていた.それはつまり,他人と面白いものについての感想を共有し合いたいという欲求を完全に捨て去されることを意味する.だから,あの日私の心に葛藤を生んだドラマへの興味も,他人への負い目を感じることなく,私個人の中で成就させられるという自信を持っていた.
ある程度ドラマを見ることに慣れてきた私は,2chを見ることで,その作品へ感想を共有したいという欲求を満たすようになっていた.やはり,孤独に慣れたと思っていた私でも,このインターネット社会の中で,個人で感想を完結させるという事は難しかった.しかし,2chにいる人間の大抵は,あの日私に負い目を感じさせたイケてる人間たちではなく,私と同じ生物なのだと思うと,安心して見ることがができた.そんなある日,感想に混じって,おすすめのドラマが挙げられていた.どうやら「白い春」というものが面白く,心を揺さぶるらしい.私と似たような人間がお勧めしているのだから,多分面白いのだろうと思った,一旦そのタイトルをブックマークして,暫くの時間がたった.
私は抜け殻のような生活を送っていた.目標を失い何をすればいいのかわからず,また,その焦りから何もかもに感動を感じなくなっていた時期だった.そんなある日,私は「白い春」のことを思い出した.白い春は家族の愛を描いた感動ドラマだと,以前見た2chのレスに書いてあった.人間らしい感情を失った私が,再び瑞々い生活を取り戻すには,これを見るべきなのではとふと思った.こうして私は,このドラマを見始めた.
「白い春」の大まかな内容は,彼女の病気の治療の金を得るために殺人を犯し服役していた元ヤクザの主人公が,出所後に,助かっているはずの彼女が亡くなっていたことを知り,また,その子供に出会うというものだ.愛した妻の子供は別の親に育てられており,また,柄の悪い自分は愛した彼女の子供に会うべきではない.そういう葛藤を描いている.このドラマの良いところは何処か.それは,相手にとって悪いことをしようと心から思っている人間が一人もいないこと.そして,全員が自分の信じることのために,泥臭く,己を犠牲にして生きている様を描いているところだと思う.例えば,遠藤健一さん演じる子供の父親は,恐ろしいであろうヤクザの主人公に,怯えながらも必死に抵抗する.自分のパン屋という職業が,辛いながらもいかに子供たちや街の人たちの幸せ作っているのかということを,阿部寛さん演じる主人公に向かって叫ぶ.9年も服役していて,職もなく身寄りもない主人公は,子供への愛情を持ちながらも,自分がその生活を守っていく力がないことを知っている.誰もが自分の正しいと思うことをしているのに,みんなが完全の幸せを得ることができない.そういう現実の理不尽さと,それに抗う登場人物達の健気さが,私の涙を誘う.親の思いやりと,自分の意思がすれ違ってしまった時のことを思い出す.
このドラマには素晴い部分がたくさんある.まず,主演陣の演技があまりにリアルだというのが挙げられる.まず,主演の阿部寛さん.内面は優しいのに,その見た目と不器用さで周りとすれ違ってしまうという感じがすごくリアルである.特に,頑張っても職を得られず,露頭を彷徨うシーンの悲壮感や,子供を守る際の鬼気迫る表情は,見ているだけで鳥肌が立つ.次に,パン屋を経営する子供の親を演じる遠藤健一さん.顔だけ見るとどう考えても強面なのだが,演技を見ていると,少し自信がなく,しかし責任感が強く,子供のためにはいくらでも無理をするという感じがすごくリアルである.遠藤健一さんは,この時40歳ほどで,そして,このドラマでの演技で売れはじめたとのことらしい.偉そうに言えたことではないが,長い間積み上げてきたからこその泥臭さい雰囲気が,すごく父親としての風格を醸し出していると思う.そして子供役の大橋のぞみさん.子役っぽい出来すぎてる感の無さが,親の思い通りにいかない感じをすごい出しているような気がする,
私は「白い春」をおよそ3日ほどで見終えた.30分12話のアニメを見るために数ヶ月も要してしまう飽き性な私がだ.どの話にも心を惹きつけられる部分があり,次を求める気持ちが収まらなかった.それぐらい心を惹きつけられたのだ.そして,数話ごとに泣かされた.まず第2話.いろんな場所で除け者にされた主人公が,唯一優しくしてくれる子供からもらったパンを,泣きながらかじるシーン.私は今までどんな作品を見ても泣いたことがなかった.しかし,こんなの泣かない訳がない.そして最終話.父親の素晴らしさについて主人公が語るシーン.子供の父親といがみ合ってきた主人公が,次のように語るのだ.
「おじさんだって、あの親父の子供の生まれたかったくらいだ。そうだろ。」
11話見続けてきたなら,このセリフがいかに重みを持っているかわかると思う.このセリフが聞けただけでも,このドラマをここまで見てきてよかったと,心の底から思えた.親という生き物の愛の悲しいほどの深さがまざまざと現れていると思う.いつも自分よりも子供達を優先してくれた親の姿が思い出される.他にも良いシーンがいくらでもあるが,語り尽くすことはできない.
まさか,自分がここまでドラマというものに感動させられる日が来るとは思っていなかった.ドラマというのはイケてる奴らが好むイケてる若手俳優を演じさせ,世間にワーキャー騒がせるものというイメージを持ってしまっていたからだ.しかし,この「白い春」は全く違った.世界というものが,輝かしいものではなく,毎日の,さりげなく泥臭い,しかし真摯な思いやりでできていると思わせてくれた.うまくいかないことも,気に入らないことも,全て裏には理由があるんだという心の広さを持たせてくれた.純粋な愛を知った私の目は美しい涙で満たされている.明日からは有機的な人間として生きていけると思う.
生きているならば,親に育てられてきたならば,「白い春」を見るのだ.
私はAmazon Primeでみました.アマプラさいこー
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