さばかん4

 公僕のカブトムシたちのとの戦いは2時間続いた.私は意味のわからないカブトムシ語を2時間に渡って聴き続け,それに応じるようにペンギン語でわめき立てた.地獄に落ちたことはないから本当のところはどうか分からないけれど,これこそが世の底と言える光景だったと思う.蛾が寄り付く濁った不安定な蛍光灯の下で,異種族の,解決するはずもない戦争が繰り広げられる.歴史評論家がこれを語るとしたら,これはもうどうしようもなかったですね,と呟くしかなかっただろう.結局のところ私は,容赦無く留置所へぶち込まれた.今でもその時の感覚は覚えている.胴体と両腕を抑えられ,冷たい壁に向かって,まるで間違えて触れたうんこを振り払うかのように放り投げられる.私はのっぺりとした床の上を滑り,いろんなところが欠けた壁に叩きつけられる.警官たちの憎しみでできた視線を受けながら,私は石膏のタイルが敷き詰められた床にうずくまった.そして,自分の服と肌に染み付いたさばかんの汁のかけらを名残惜しくしゃぶり続け,いつの間にか意識を失った.

翌日,鉄格子のはまった窓から差し込む,インスタント麺の茹で汁のように濁った日光に晒され,私は目を覚ました.あれだけあったさばかんへの執着は,一切私の中から消えさっていた.冷たいタイルの上で生臭いコートに身を包んだ私は,魚に運ばれた死体のようだった.不思議と,昨日の鯖缶を求めて狂い倒した記憶は,私の中にしっかりと残っていた.とにかく,近くに座っていた看守に必死で謝った.昨日の自分は自分ではなかった.なぜあんなことをしていたのか,全く分からない.他の職員たちも集まってきた.皆は私の変わり様に驚き,悪魔の存在について議論し始めようとしていた.結局,なんらかの一時的な異常と判断された私は,その日の朝に,多少の賠償金通知とともに家へと帰された.パトカーに乗せられ着いた自宅は,昨日まで自分が住んでいたとは思えない,あまりに寂れたアパートだった.今に外れそうな扉を開け,自宅へと入った.そこら中に,投げ捨てられた食材や調理器具が転がっている.乾いたツナ缶やトマト缶が壁に張り付き,キッチンの下からはチョロチョロと水が流れている.野生の人間的知能を得たイノシシにでも侵入されたかのような風景だった.実際は,頭のイカれた私による犯行なのだが...あまりに疲れ切っていた私は,さばかんのなまくさい匂いが染み付いた衣服を脱ぎ捨て,皮膚にこびりついた汁をシャワーで流し,臭い滴る水を拭き取り,裸のまま敷布団に倒れこんだ.そしてそのまま,沈むように眠りに落ちた.





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