さばかん5
れから8年ほどたった.さばかんへの欲求を満たすため,暴れに暴れたあの日の夜の一部始終は今でも鮮明に思い出せる.台所の下の排水管を蹴り壊した時の痛みも,スーパーへ向かう時の雨の冷たさも,さばかんに触れた時の絶頂も,全て神経の奥底まで染み付いている.しかしその一方で,あの夜のような制御不能の欲求が再び私に訪れたことは一度としてない.コピーアンドペーストされたみたいな,何の変わりもない惨めな生活が続いている.毎日,フンを転がすようなくだらない仕事をしながら思う.あの時のような,全てを捨ててもいいと思える衝動がもう一度訪れないかと.そんなことを考えながら業務後の自宅までの道を歩く.臭い路地を通り,住んでるアパートの前につく.廃墟みたいな階段を登り,部屋の前につく.鍵を差し込み,ガチャガチャと回す.扉を開ける.あの日のことがフラッシュバックする.しかし,なにも起こらない.雑に靴を脱いで,黄ばんだ電気のスイッチを押す.クソみたいな仕事をした疲労感だけを抱えて,湿った床の上で,食べ飽きた味の夕飯を口に入れる.どうすればあの時のような快感をもう一度味わえるんだろう.そんなことばかり考える.でも,私だって,ただただ待つだけで8年間を過ごした訳ではない.新たな生きがいとなる幸せを感じるために色々な努力をした.お金をため地球の裏側の秘境へも行ってみたし,そういうお店で給料一ヶ月分を使ったりもした.何なら,法律ギリギリな薬を摂取してみたりもした.でも,どうしてもさばかんに支配されたあの日の幸福を塗りつぶすことができない.無理をして欲求を満たそうとしている自分への虚しさだけが広がっていく.そして時間を重ねるごとに,虚しさの穴はどんどんとその暗さを増していく.もしかしたら,私の人生というのは,あの日でピークを迎えてしまったんだろうか.自分で言うのも何だけど,それなりの苦労をしながら今まで生きてきた.だから,多少は報われることがあるだろうと思っていたし,死ぬときには,ダメなりに人生頑張ってきたと,満足した終わりを迎えれると信じていた.でも今のままでは,結局さばかん以上に楽しいことを見つけられなかった,あまりにくだらない人生だったと,そう思いながら死んでいくことになるだろう.カビの匂いがするシャワー室でぬるいお湯を浴びながら,毎日そんなことを考えている.一体,何をすれば本当の幸せを感じれるんだろう.どうすれば,さばかんのことを忘れられるのか.自分は,幸せに人生を終えられるんだろうか.こうしている間にも,虚しさの穴は広がっていく.そんなことを考えているうちに,時計の針は0時を過ぎる.人生から逃げ出したいけど,新たな希望を探すためにもお金を貯めなくてはいけない.仕事をしなくてはいけない.クビにならないように,明日へ備えなくてはならない.だから布団に入る.頑張って寝ようとする.でも,暗闇の中で様々な不安が脳を駆け巡る.それを落ち着けようとしていたら,いつの間にか何時間も経過している.そのうち疲れ切って意識が落ちる.ずっとこんな風な夜を過ごしてきた.多分今日もそうなるんだと思う.どうしようもないので,寝ようと思う.こうして私の一日はまた一つ終わっていく.
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