さばかん3
生きているならば何かを常に求めていると思う.私の昔を思い出してみる.小学生の時は,漫画についている懸賞を当てることに命をかけていた.ハガキにどんなメッセージを書けば当てることができるか考えるのが,週に1回のたのしみだった.中学になって親が離婚してからは,辛そうな母の顔が与える罪悪感から逃れるために毎日家事を頑張っていた.高校を卒業し今の仕事についてからは毎日を生きるのに必死で何かに没頭する余裕はなかった.しかし,そんな中突如訪れたのが,今回のさばかん衝動事件というわけだ.今や私は,本来の人格を完全に失い,さばかんを求めているだけの動物に成り果てていた.雑巾のように雨水を滴らせながらスーパーにたどり着いた私は,運動会の100m走かのような勢いで鯖缶コーナへ走った.時刻はおおよそ22時.他の客は私のことを見て退いていた.そしてバイトの店員は,自分の役割に異常者への対応が入っているのか迷っているような目つきをしながらとまどっていた.ついにさばかんコーナーへたどり着いた私はまず,その全てを吸い込むような目つきで、かんが陳列された棚を見つめていた.息を吸い込み,そして,ついに,抱え込むように,逃さないように,塵ほども目的に足りないことがないように,過去と同じ後悔を繰り返さないように,そこへ突撃した.私の上半身の全てがさばかんのどこかに触れていた.さばかんのアルミが私の肌と触れ合い,温度を奪い,次第に私と一体となっていく.快感だった.信じられない快感だった.脳の快感中枢を指でこねられているような絶頂に,私は完全に溺れていた.適当に手を振り回し,触れたさばかんを開け,顔に汁ごとさばの身をぶちまける.やわいさばの身を噛み締め,汁を舐めるようにすする.脳ミソがさばかんの汁に溶けていくようだ.そうしてさばかんを味わっているうちに,人がどんどんと周りに集まってきた.赤いエプロンをつけた店員たちに足を捉えられていた.さばかんの汁が染み付いた上半身には触れたくないらしい.店を乱す不穏因子は完全に排除する.そういう意思が全くもって足りていないんだ.そんな中途半端な,金で買われた使命感で,私の,さばかんと触れ合うという人生を賭けた欲求を邪魔できると思っているなら,あまりにも覚悟が足りていない.まぁ,時給850円で払える忠誠心なんてその程度のものだろう.そのまま私は,体感で15分ほどさばかんとの心の根まで染み渡るような触れ合いを続けていた.しかし,ついにやってきた警察官の方達によって無理やりさばかんから引き剥がされ,さすが,公僕は違う.そのまま私はパトカーの中まで引きずり込まれ,そして,会話が成り立りたつはずもない尋問が開始された.何が目的なのかを聞かれたが,私は突如現れた,普通の人間には理解できないであろう欲求に従っただけだ.常識の中で生きている人間たちに今の私の心情を理解できるわけがない.自分の欲求を殺して生きている人間と欲求に支配される人間というのは,たとえ似た塩基配列を持っていたとしても,ペンギンとカブトムシが理解しあえないように,関わり合えないのだ.こうして,
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