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書評:『LGBTを読み解く ――クィア・スタディーズ入門』森山至貴

〈良心ではなく知識が必要な理由〉という章で始まるこの本は、クィア・スタディーズという比較的新しい学問の視座で、学校や職場でマイノリティとどう向き合うか、という課題に向き合っている。何しろ新しい学問なので、この本では、Lとは?Gとは?クィアとは?という基本的な知識を含め、クィア・スタディーズが誕生する経緯やレズビアン/ゲイの歴史といった前提の部分に全ページの半分を割いて丁寧に、そして、できるだけシンプルに書いてくれていて、そこが入門者に嬉しい一冊。

学問と聞いてとっつきにくいイメージを持つ人もいるかもしれないが、骨太の学問書ではなく大学のおもしろい講義の文字起こしくらいの感覚で読める。何よりも、本文のきめ細やかな表現からにじみ出てくる著者の学問への姿勢が素晴らしく、学問を志す人はもちろん、社会運動をする人、人にものを教える人、人と接してコミュニケーションを取る人(……つまりほとんど全ての人)は、ぜひともこの姿勢を見習いたい。(シンプルに、大学でめっちゃいい講義してるんだなって思う)。

さらにこの本は、知識を得て満足……で終わるのではなく、実践編としてクィア・スタディーズという学問の視座で、同性婚とパートナーシップ制度の可能性、「性同一性障害」という位置づけ等、実際の今の日本社会の課題について具体的に検討している。そこで著者は、大事なのは、当事者のマイノリティをマジョリティに同化させる事ではなく、マイノリティとしてきちんと認めた上で、彼/彼女たちの痛みや障壁を取り除くために連帯することだと語る。憲法にもある個人の尊厳の話である。

そして、本書は「入門」書である。入門書の最終章は〈「入門編」の先へ〉であり、特に次が素晴らしい部分だけど、続く〈読書案内〉では、分野・ジャンル別に、日本語で読める文献がコメントともに紹介されている……。

セクシュアルマイノリティに関する基礎知識/男性同性愛/女性同性愛/バイセクシュアル/トランスジェンダー/カミングアウトとアウティング/HIV/AIDS/翻訳本の世界/東アジア/クィア理論/バトラー/セジウィック/同性婚・同性パートナーシップ/セクシュアルマイノリティの現在/文学/映画・演劇・アート/学校教育/法律・裁判

……と、ざっとこんな感じだ。もしかするとこの著者の熱量を見てドン引く人もいるかもしれないが、あくまでも最後の〈読書案内〉の項目であり、この本ではその熱さや旨み成分がグッと凝縮されている。気軽に手に取って、興味のある部分から読んでほしい。

最初に戻るが、差別を解消するのに、なぜ「良心」や「道徳」ではなく知識が必要か。その答えは、ぜひ本を読んで考えて知ってほしいが、簡単に言ってしまうと、「差別がダメなのは常識」と言ったところで、何が差別になるかを知って理解しなければ、自分が差別しているかどうかすら気づけないからだ。「普通に考えればわかる」と思う人もいるかもしれないが、そもそも「常識」とされてきたもの「普通」とされてきたものから自分が外れているから、マイノリティは痛みを抱えているのだ。

LGBTブームが吹き荒れる昨今、この書評を書いている自分自身も、ジョン=アーヴィング/小竹由美子訳の小説『ひとりの体で』や、当事者でもある音楽ライターの木津剛さん(http://www.ele-king.net/columns/003575/)の影響もあり、このブームのおかげでセクシュアルマイノリティの存在に目を向けるようになったひとりだが、そのブームに加担しているひとりとして、ブームを越え、さらに一歩踏み出すための一冊としてこの本を改めてしっかりと読みたい。