未来のあるところ

特殊能力者バトルサスペンス漫画「無能なナナ」にはまっています。
主人公の能力が能力なので、毎回はらはらする展開が繰り広げられています。能力に頼らず知略で勝利を得ていく主人公ですが、強力な能力者の登場や連戦により消耗していき……。
基本的には全て主人公が勝利しなければならない戦いですが、「どうやって勝つのだろう」という期待でページを捲る手が進みますよ。単行本は4巻まで発売中です。
惜しむらくは公式紹介ページなどでのネタバレが激しいことですね。一話で明かされる秘密だけでも事前情報なしで読めるとお薦めしやすいのですが。

知らない法則を手持ちの知識で解釈する趣味があるので、今回は未来予知、未来視能力について考えてみます。
人がまだ時間を操れないからか、時間に関係する能力は割合強力なものとして扱われている印象です。
特に未来は誰にとっても未知ですから、手を出せないまでも知っているというだけで相当の優位を感じてしまいますね。

さて、その「未来」は変わるものなのでしょうか。
もし変わらないものであるのなら、能力によって現在に存在することとなった未来を変えようとする存在が現れたとき、彼がどこでその未来を知り得るのかという疑問が発生します。
能力者自身が教える、あるいはその能力者こそが未来を変えようとしている存在である、というあたりが妥当でしょうか。
「変わらない未来を変えようとする、または変えようとするかもしれない誰かに教える」……自身の行動までが組み込まれた未来を知るというのは、自分の腕から操り糸が伸びていないことを信じている私としては耐え難いことのように思われますが。

未来を変えられる場合はどうでしょう。
能力者が複数いる場合に同じ未来を見るのか、その未来の中に「未来を変えようとする動き」は入っているのか、そしてその結果をいつ知るのか……などなど、疑問は尽きません。
想像に想像を重ねているので、このままでは迷宮入りです。

前から脅威がやってくることがわかるとして、後ろ側についてはどうなのか……という疑問で、何か掴めそうな気がしてきました。
後ろを見ることができるというのは時間軸を「現在」に絞ってもアドバンテージ足り得るものです。
つまり未来視とは得られる情報量や処理能力が向上しているということなのではないでしょうか。
とすれば、処理する情報量を増やしていくことで確度が上がり、やがてその情報が「全て」となったときには不変の未来を手中に収めることもできそうです。
処理能力を超える情報が発せられたとき、未来視能力者は優位を失ってしまうのですね。
「不意」の余地を潰していく能力者相手には不意打ちこそが有効である……という言い方をすると少し面白いかもしれません。不可能を可能にすれば勝てる、という言い方では、あまりに絶望的ですからね。

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