新お笑い論④ 大量供給・大量消費。そしてネタ見せ番組について

 前回、お笑いブームの起源について書いた。今回は、2000年代の前半から後半にかけてのお笑いブームである、お笑い第五世代のネタ見せ番組ブームについて解説しようと思う。


大量供給・大量消費

 お笑い第五世代を一言で言うならば、代替可能な芸人を大量に消費していた時代といえるだろう。多様化されたネタ見せ番組の出現により、これまで日の目を見ることがなかった芸人にまで活躍の場が与えられることになった。つまり、芸人が大量供給・大量消費されるシステムが開発されたということである。そのため、たくさんの芸人がシステム化されたネタ見せ番組に、取っ替え引っ替え出させられることになった。もちろん、売れたいという芸人の欲望と需給関係が成立しているのだが、消費された芸人は使い捨てられように消えていくことが多かったように思う。
 当時なによりも驚いたのは、お笑い芸人の数である。売れている、売れていないにも関わらず、お笑い芸人の総数は1万人以上になるそうだ。毎年各お笑い養成所から排出される芸人の数(所属していない芸人も含めて)は、トータル2000人以上を超えている。そればかりか、お笑い芸人(特に中堅芸人)の高齢化が進んでいるため、中堅芸人と呼ばれる人の数は増加している。その要因については、いくつか考えられるが、それなりに食べていける環境が整ったからだろう。テレビに出ていなくても劇場や営業などでそこそこ生活できるし、副業やサイドビジネスで成功している芸人もたくさんいる。逆に、芸人という肩書を利用し、ビジネスに利用している人もいることを指摘して置かなければならない。高学歴の芸人が増えていることも事実だが、そもそも賢くなければ芸人など務まらないわけで、芸人をしながら別の仕方で稼ぐことなど大した事ないのかもしれない。
 それゆえに、売れていなくてもそこそこやっていける状態の芸人はが増えることになったのだが、その中で売れることができる芸人は一握りなのである。


お笑い養成所について

 芸人が毎年増え続けていることは説明したが、その原因となっているひとつの要因はお笑い養成所だろう。現在では、大手のプロダクションだけでも二桁以上存在するし、小規模な養成所もたくさん存在する。無所属の個人でやっている人も増えている。それはつまり、学ぶ側の芸人だった人が、新たな仕事を探す中で、芸を教えるという道が開かれたということである。
 そもそもお笑い養成所とはどういうところか。基本的にはお笑いの芸を学ぶところであるが、現在ではテレビタレント養成所のような育成の仕方が主流だろう。それは、将来的な活躍の場が、テレビや関連したメディアが大半を占めているからである。そのため、タレントや俳優がお笑い芸人に転身するケースも増えており、またその逆も増えているが、それらの境界線はすごく曖昧になりつつある。
 
 さて、養成所に入学できたとしてもその中から売れる芸人はほんの一握りである。それどころか、お笑い養成所を卒業して、芸人を続けている人など、上位クラスの一握りだと思う。それを踏まえて、売れることができるのは一握りであることは念を押しておきたい。センスがあれば売れるとか、お笑いを続けていれば売れるとか、まことしやかに囁かれているが、事務所にすら所属できない芸人が増え続けている中で、そのような幻想は売れた芸人の戯言でしかない。
 おかしな話である。これまでは(お笑い養成所ができるまで)、師匠に弟子入りというスタイルが一般的だった。修行を積み、下積み時代を経て、ようやく芸人になるチャンスが与えられたのである。今でこそ、芸人に求められる資質がクリエイティブ性であると思われるが、それまでの時代は職人としての技量や器の方が重要とされていたのである。そのため、師匠の芸を盗むということや、生き様が芸の肥やしとなり、それこそが芸人たる姿とされていたのである。
 現在では、なろうと思えば明日にでも芸人になることができるほど道が開かれている。ノリで芸人になれる、名乗れてしまう世の中なのである。それはある意味、誰もが芸人になれる素晴らしい社会であると思うが、本気でお笑いを追求している人々にとっては、それはそれで考えることもたくさんあるのではないだろうか。


ネタ見せ番組について

 すでに述べた通り、お笑い第五世代のブームはお笑い芸人の大量供給と大量消費が深く関係している。そしてそれは、たくさんの芸人を排出する環境が整ったといえる。したがって、注目するべき点は、新たなプラットフォームである「ネタ見せ番組」についてである。
 お笑い第五世代のブームは、いわゆるネタ見せ番組ブームといわれている。前々回のブログでは、お笑いブームと演芸ブームの関係性について書いたが、その本質自体は変わっていないように思う。というのも、お笑い第五世代のブーム(ネタ見せ番組ブーム)は、演芸ブームからの正当な進化だからである。それでは、2000年代のネタ番組は以前のネタ番組と違ってどのように変わったのだろうか。

 2000年代以前のネタ番組は、いわゆる伝統的な演芸としての要素の強いネタ番組であった。当時、ぼくは演芸番組や漫才などの芸は古くて退屈なものだと思っていた。それは、90年代のバラエティー番組を観て育った世代ということもあり、作り込まれたコント番組であったり、過激なロケ番組であったり、そういうものが笑いの最先端だと思っていたからだ。そんな最中、たまたまNHKを観ていた際に、爆笑オンエアバトルが放送されており、彼らの「新しいスタイルの演芸」に、ぼくは釘付けになった。「新しいスタイルの演芸」という表現は主観的な判断だが、爆笑オンエアバトルでは、若手の芸人がスタイリッシュなネタを披露しており、ぼくにはそれがとても新しいことだと感じられた。とにかくカッコよくて、クールだった。ぼくはそれ以来、可能な限りネタ見せ番組をビデオに録画した。当時はユーチューブなどの動画サービスがまだなかったからそうするしかなかったのだが、それくらいぼくは笑いにはまっていった。
 しばらくして、爆笑オンエアバトルは若手の登竜門と認識されるようになる。その後、M-1グランプリなどのコンテスト番組が始まり、他の局でもネタ見せ番組は増えていった。そんなこんながあって、様々なネタ見せ番組が作られていったのである。

 試行錯誤しながらも、コンテンツ自体(ネタ番組自体)が多様化していくことになる。これまでは、ただ芸人がネタを披露する場として機能していたが、コンテンツ自体の多様化に伴い、ネタを披露する場(プラットホーム)の方が逆に存在感を増していくことになる。その過程で、芸人を排出するための環境が整いはじめ、「ネタ見せ番組ブーム」を起こすきっかけとなったのである。


ネタ番組を分析

 さて、ネタ見せ番組の多様化とはいったいどのようなものなのか。簡単ではあるが、ネタ番組をジャンル分けして見ていきたいと思う。

 オーソドックスなネタ番組で代表的な番組は、「エンタの神様」、「THE MANZAI」、「初詣!爆笑ヒットパレード」(年に一度)、「ENGEIグランドスラム」など。基本的にはバランス良く芸人を集めて、古くからある演芸の見せ方で演出する方法である。注目したいのは、「エンタの神様」である。ネタ番組ブームの中心的な番組で、それは現在でも特番として続いている。エンタの神様が、他のネタ番組と違う点は、演出手法にこだわっていることである。その名の通り、番組自体がエンターテイメント性を追求しており、当初はネタ番組にかぎらず様々なジャンルのエンタメを紹介する番組であった。
 まず、出演者の出番の構成に注目したい。トップはピン芸人ではじまり、続いて漫才やコントが演じられる。その後、まだ世に出ていない若手、とくにイロモノ的な芸人を登場させる。終盤、桜塚やっくんなどのメインキャラを登場させ、歌ネタでしめるという構成である。とてもバランスの取れた順番だと思う。たとえば、ネタの構成で、つかみがあり、ネタフリがあり、オチへと展開されるように、エンタの神様では、ネタの順番は計算されていたと思う。
 続いて、演出の方法について注目したい。たとえば、芸人を紹介するときのキャッチコピーは特徴的だった。天然系ふしぎ空間(アンガールズ)、HIP HOPな武勇伝(オリエンタルラジオ)、怒れ!スケバン恐子(桜塚やっくん)、さすらいのギター侍(波田陽区)など。とてもキャッチーなフレーズで、一度聞いたら耳から離れない。その芸人を見たことがない視聴者でも、最低限の予備知識をあたえることで、その芸人の印象や特徴を瞬時にを植え付けられることになり、それが効果的に演出されていた。ある意味それは、ネタとしてのつかみのような役割を果たしていたのかもしれない。そのキャッチコピーにより、観客側がネタを見る前にどのような笑いが来るのかを想定でき、ネタを受ける準備ができるのである。
 最後に、ネタを効果的に見せる演出にも注目しておきたい。その演出とは、笑い声を笑いのポイント(笑い所)で差し込むという仕方である。笑い声をあえて入れることで示唆的に笑いを生み出す効果がある。あえて笑い(特殊効果)を付け足すことで、笑いを誘発させることが可能となる。だが、それ自体は古くからある手法である。別段、新しい試みですらない。しかし、その古い手法を新しいスタイルの中に紛れ込ませることで、その演出を際立たせる効果もある。そのため、大衆にも受け入れるという大きなメリットがある。それらに配慮し、丁寧に作り込んでいることで、これまでとは違う演芸番組として確立されたのである。まさに様々な演芸番組のいいとこ取りのような番組であるだろう。

 続いて着目したいのは、コンテスト(トーナメント)形式のネタ番組である。代表的な番組は、「爆笑オンエアバトル」、「M-1グランプリ」、「キングオブコント」、「R-1ぐらんぷり」、「ABCお笑いグランプリ」、「ザ・イロモネア」など。高額な優勝賞金をかけて競い合うコンテスト形式のネタ番組である。
 コンテスト番組はこれまでにも存在したが、注目するべき点は、ネタの評価を点数化し、芸人の実力を可視化してしまったことである。そのため、すべての芸人が横一列に並んだ状態で競い合うことになる。若手やベテラン、上下関係が無効化され、プロとアマですら、実力さえあれば芸人として評価されることになったのである。下剋上可能なサバイバルゲームといえる。
 審査員にも注目しておきたい。とくにM-1グランプリに限っては、島田紳助や松本人志などの、芸人から一目を置かれる存在が審査することが話題となり、注目をあびるようになった。彼らに評価されることが目標となり、彼らから承認されることがひとつのステータスでもあったのだ。島田紳助や松本人志などの本格的なお笑いを作ってきた人が、ネタに点数を付けることで、芸人を評価するための評価軸が明確となる。そのため、なにが面白くて、なにが面白くないのか、ということが明確になる。また、どのようなネタがコンテストに向いているのかというノウハウも蓄積されていく。絶対的な評価軸、これが芸人が目指す方向性を決定づけとなり、全体的なレベルの底上げとなったのである。だが、そのいっぽうで、ネタの質はあがることになったが、ある一定のレベルで均一化してしまったことも事実である。
 他のコンテスト番組の審査員についても紹介しておこう。まず、爆笑オンエアバトルは観覧者が審査員となり、各芸人がネタを披露した後に投票が行われる。そして、上位の芸人だけがオンエアされ、下位の芸人のネタは放送されない。とてもシビアなネタ番組であった。また、出場回数に対するオンエアされた回数の割合を通算オンエア率(OA率)としていたことも、数値化や可視化のおもしろい試みであった。続いて、もうひとつ。ザ・イロモネアについても同様に審査員は観覧者である。ただ、観覧者の中からランダムで審査員が選ばれて、誰が審査員かは伏せた状態でネタを披露することになる。これはとても斬新な試みであった。会場が爆笑していても、その審査員が笑わなければポイントにならないシステムなのである。緊張感もあるし、ライブ感もあった。

 最後に、2000年代以降に発明されたネタ番組である。代表的な番組は、「爆笑レッドカーペット」、「あらびき団」などがある。発明とはいいすぎかもしれないが、2000年代のネタ番組の特徴は、ネタ番組というコンテンツ自体に固有のコンセプトを掲げたことである。そして、そのコンセプトにあった芸人を集めて、実験的な番組が制作されたのである。
 まず、爆笑レッドカーペットは、ショートスタイルのネタを披露するネタ番組である。短い時間の中で、入れ代わり立ち代わり芸人がネタを披露し、採点されていくスタイルである。一分間という短い時間の中で、どれだけ笑いを取れるか、またどれだけインパクトを残せるかが鍵となる。単純計算になるが、一回の放送で出演する芸人の数は、20組ほどになる。ネタ時間は一分間しかなく、時間が過ぎると自動的に退場させられる。とても劣悪なシステムである。だが、その環境をうまく利用し、臨機応変に対応できる能力すら求められているのである。
 続いて、あらびき団は、現代版の見世物小屋といえるだろう。見世物小屋とは、珍奇さや禍々しさ、猥雑さを売りにして、日常では見られない品や芸、獣や人間を見せる小屋掛けの興行である、とWikipediaで説明されている。つまり、以前説明した散落に近い芸であるといえる。ゴールデンタイムでは出演できないけれど、深夜の遅い時間帯であれば出演可能な地下芸人を厳選し、放送できる範囲での見世物小屋だといえるだろう。劇場では面白いと評価されているが大衆受けしないネタのため出演できなかったり、そもそも面白いかすら分からないが珍奇さを評価されていたり、それは様々である。また、ネタ自体は笑いにならないが、編集によって、面白くないことを面白く演出する仕方をよく使われていたりする。あえて、芸人をすべらせるという、逆のアプローチである。それを「悪意のある編集」と呼ばせてもらうが、素材を活かす編集がとても見事だったように思う。


まとめ

 2000年代のネタ番組は、様々なフォーマットのネタ番組で、無名芸人を大量に生産することで、ネタ番組ブームとなったのである。ネタ番組自体が多様化されることで、これまで日の目を見ることのなかった様々な芸人がフィーチャーされるようになった。芸人のネタ自体を楽しむことには違いないが、それ自体だけでなく、「全体でひとつのコンテンツ」として成立させたことがネタ番組ブームの重要な特徴なのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?