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「私の生き方死に方」決めていること

あなたは自分の生き方・死に方で決めていることありますか?
私は今57歳ですが、30歳頃に決めたことが今も変わっていません。それが正しいかどうかなんてわからないけど、30年近くずっと実践し続けているので、きっとその道で合っているのだろうなと自分なりに思っています。

皆さんが「生きていくための糧」としているものは何でしょう?宗教的なものもあると思いますが、歴史上の人物や憧れの人を心の糧にしている人もいるのではないでしょうか?

私は30歳頃に、インドを独立に導いた『マハトマ・ガンジー』を知りました。ガンジーは非暴力主義で知られていますが、それは表面的な部分です。私が感動したのはガンジーの考え方や生き方でした。



「インド独立の父」と言われ、「世界のスピリチュアルリーダー」とも言われるガンジーを知ったのは本がきっかけだったと思います。ガンジーの話を少しご紹介します。

インドがイギリスの植民地だった時代、非常な独裁政治が行われ、インドの人たちはみな貧しい暮らしをしていました。ガンジーは反政府活動をしていたため、捕まって牢獄に入れられることが度々ありました。

それはそれは一方的な暴力で厳しい尋問が行われました。尋問というより拷問です。毎日毎日縄で縛られ吊るされた状態で、ムチや棒で体中を叩かれ、何度も意識を失います。あるいは泥沼のようなところに沈められ、吊り上げると体中にヒルが嚙みついている…というようなことが繰り返されます。

ですが、そのときガンジーはあることに気づいたんですね。
それは・・・

どんなに痛めつけられようとも、心の中だけは自由だ。
心の中だけは、誰も奪うことはできない。

そしてガンジーは毎日拷問を受けながら、牢獄から出た後のことを心の中でずっと考えていました。ここを出たらこうして、ああして…と。
そして保釈されると、ガンジーはあちこちで民衆を集め、牢獄の中で思っていたことを言葉にして皆に伝えました。これからはこうしよう、ああしようと。



ここからは有名な非暴力主義の話です。
ガンジーは民衆に、イギリス兵に対して絶対に暴力を振るってはいけないと言い続けていました。ですが傲慢なイギリス兵は気に入らないことがあると容赦なくインドの人たちに暴力を振るいます。

あるとき、ガンジーがこん棒で頭を殴られました。ガンジーは倒れ、頭から血を流していますがそれでも立ち上がり、またイギリス兵の前に立ちます。イギリス兵はそれを見て、またこん棒でガンジーを殴ります。そしてガンジーはまた倒れ、それでも起き上がり、また殴られ、また倒れ、また立ち上がり…と繰り返し、血だらけで意識もうろうになっていきます。

そのとき、その様子を見ていたある一人のインド人が「この人はもういいだろう!僕を殴りなさい!」と言って、ガンジーの代わりに殴られ始めます。殴られて倒れ、それでも立ち上がり、また殴られて倒れ、それでも立ち上がり…

気づくとその後ろに何人ものインドの人たちが並び始めました。そして「この人はもういいだろう!私を殴りなさい!」と皆が順番に殴られるための行列を始めたのです。

画像はイメージです



すると、どうなるか… 想像できるでしょうか。
何の罪もない人を殴り続けているイギリス兵は、だんだんと顔がひきつり青ざめていきます。そして殴るのをやめるんですね。
ということが、あちこちの場所で起こり始めました。インドの人々はガンジーを見習って非暴力主義を続けました。

中には暴力でやり返すインドの人もいましたが、そんなときガンジーはその人が改心するまで断食を続けました。1週間、2週間、3週間…、周囲はお願いだから何か食べてくださいと懇願しますが、ガンジーは首を横に振ります。そうして2ヶ月経つ頃、ガンジーの痩せていく姿を見て、殴り返してしまった人も改心していくのです。

ガンジーが提案した非暴力主義をインドの人々も全うし、あるときイギリスはインドを撤退することに決めました。もちろんイギリスが撤退した理由はそれだけではないと思いますが、ガンジーが居なければインド独立の道はなかったと言われています。そうしてガンジーは「インド独立の父」と呼ばれるようになりました。



このことを知り、私が感じたのはガンジーの‟生き方”でした。

心の底で思ったことを、そのまま言葉にして
言葉にしたことを、そのまま行動にする。

「心 ー 言葉 ー 行動」を合わせること。
そう簡単にできることではありません。ですがもし、これができれば、その人はとても純粋で嘘や偽りがなく、多くの人の心を惹きつけていきます。そうしてガンジーはインド10億人の人々の心を一つにして、独立へと導いていったのです。

それからガンジーが私の生きる糧になりました。インドに旅行に行ったときはガンジーのお墓に挨拶に行きました。とても嬉しかったです。そして私自身も自分に正直でいよう、心で感じたことをそのまま言葉にしよう、言葉にしたことを実践しよう、そうして『まーっすぐな生き方』をしようと心に決めました。

そのとき胸に刻んだ言葉があります。

My life is my message.



ところがですね・・
『心の底で思うこと』というのがとても難しいのです。ガンジーは生きるか死ぬかという極限状態で思ったことを実践しましたが、私たちは同じ状況ではありません。どうしても‟欲”がついてまわるんですね。なので「心の声」と表現したり、「心根(こころね)」と表現したりしますが、本当にこれが自分自身の心の声なのかどうか、確信を得ることができませんでした。

15年前、コミュニケーションスクールで潜在意識について学び始めたとき、私たちにはさまざまなプログラムが形成されていることを知りました。それは自分が望んだものではなく、集合無意識によって作られているものが無数にあります。それから私はたくさんのワークを学び、毎日のように自己編集をして、自分自身に取り組みました。それは15年経った今も続いています。

「我(われ)、思うゆえに我あり」 ルネ・デカルト

この言葉が印象的でした。自分と、思っている自分は違う、ということが何となくわかります。よって思考よりも、直観というか、体感覚を感じ取るようにしています。身体に問いかけると微細なキネシオロジーで反応があり、対話することができます。

とはいえ、やはり確定的なものではなく、キネシオロジーもその日の状態や感情によって不確かなものになります。また、言葉に置き換えたとき、それはあくまでも‟一つのたとえ”であり、違っているときもあると思います。「心の声」というのは、たぶん一生かけて探求していくものなのだろうなと思います。



「心 ー 言葉 ー 行動」を合わせることができているかどうか、今の自分にはよくわかりません。結局のところ、ずーっとそれを実践し続けて、死ぬときになって初めて答え合わせができるのでしょう。

最期は・・
わかりませんが、インドに行って死ねたらいいなと思います。今もそうなのかわかりませんが、インドでは、ガンジス川に祈りに行くために何年も歩き続け、途中でのたれ死んでしまう人もいるとか。私もその中の一人であっていいと思っています。祈りの気持ちはとても美しいと思うから。遺体はガンジス川に流してもらえたらいいなぁと思います。

そして・・

「私は心と言葉と行動を、ちゃんと合わせることができていましたか?」と、ガンジーやブッダに問いかけたい。



法人の代表をしていると、ピュアな自分でいたいと思っていても、なかなか難しいと感じることがあります。ひとり一人の心は美しくても、会社を背負うと何か変わるような気がします。それは資本主義経済なので仕方がないことかもしれません。切ないなぁと思います。きっとほとんど人が、思うような自分でいられない切なさを、心の中に抱えながら生きているのではないでしょうか。

ですが、きっと時代は変わっていきます。穢れた世界に嫌気がさし、もっと自分自身の感覚にしたがって素直に生きたいと思う人が増えているからです。私自身もできるかぎり、まーっすぐな自分でいられるよう、ガンジーやブッダに問いかけながら、また自分の身体にも問いかけながら進んでいきたいと思います。

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