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7.御神酒一、二升

元一日のゆかりの十月二十六日、朝から教祖の御機嫌も麗しく、参詣人も多く集まって、棟上げも夕方までには滞りなく済み、干物の魣一尾宛に御神酒一、二升という、簡素ではあるが、心から陽気なお祝いも終った。
『稿本天理教教祖伝』 p55-56(第四章 つとめ場所)



つとめ場所普請の一コマである。

数か月前より始まった普請は、
十月になり、ようやく棟上げも済み一段落。
軽い打ち上げでもしようという話になった。

当時は道の草創期。
まだまだ金銭に余裕はないため、
カマス一匹ずつと、お酒一、二升という
しごく簡素であったが、
陽気な雰囲気で棟上げの喜びを分かちあった。

そんな和やかな場面を窺える一文であるが、
一つ「あれ?」と思う表現がある。

「御神酒一、二升」という言葉である。

カマスは「一尾宛」と明確な数が記されているのに、
なぜお酒は「一、二升」とアバウトなのか。

つづまやかなお祝いであれば、
一升と二升では大きな差である。
史料が残っていないから、
ごまかして書かれているのであろうか。

いえ、違うのである。
この「一、二升」という表現には、
教祖伝編纂者の意図があり、
その裏には、
心温まるエピソードが含意されているのである。


  ◆


一升か、それとも二升か。


正解を申し上げると、一升であった。
飯降伊蔵先生の妻・おさとさんが
買ってこられた、一升のお酒だったのである。

つとめ場所の普請は、
元を辿ると、
おさとさんが産後の患いをたすけて頂いた御恩報じを機縁に始まった。

順調に事が運んでいることは、
おさとさんにとって、
とりわけ大きな喜びだったと想像する。

一区切りに、
ひのきしんに励まれている方々へ、
どうにか喜んで貰おうと買ってこられたお酒だったのだ。

たったの一升。
これは決してケチだった訳ではない。

伊蔵先生夫婦は、
ご自身の仕事を後回しに、
お屋敷へ詰めておられた
ので、
家計は大変だったのである。

ありったけのお金をはたいて、
やっとの思いで買えた真実の一升であった。

ところが、
寄り集まっているひのきしん者は二十名ほど。
一升では到底もの足りない。

どうしようもない状況の中、
おさとさんは、
何とかならないかと布留の酒屋まで走られたのであった。


   ◆


私は、このご行動が本当に凄いと思う。

御自身は、皆さんに喜んで頂きたいとの気持ちで、
既に全力を尽くされている。

もし私だったら、
たとえ十分足りなかったとしても、
「今回は仕方がない」と容易に諦めがつく。
むしろ、全力を出し切ったことに誇りすら感じているだろう。

しかし、おさとさんは違った。
全てを尽くしておられながら、
まだどうにか出来ないかと、
酒屋へ走っておられるのである。


「今は、お金を持ち合わせていませんが、後に必ず持ってまいります。どうかもう一升、お譲り願えませんでしょうか。」

「お金がないのであれば、売ることは出来ませんなー。」

「そこをなんとか、お願いできませんか。」

それでも酒屋は聞いてくれない。

「それなら、私のこの帯を代金のかわりに取っておいてください。」

おさとさんは、御自身の帯を解き、
それを抵当に酒一升を持ち帰り、
皆さんに振る舞われたのである。


   ◆


結果、御神酒二升であった。

教祖伝に記された「御神酒一、二升」という表現は、
アバウトではなく、
はじめは一升であり、結果二升であった。

おさとさんの真実が暗示された表現だったのである。

私も様々な場面で、
皆で寄り集まりひのきしんに励む機会がある。

一段落した暁には、
お菓子を食べたり、鍋を囲ったり、
軽い打ち上げをすることはよくあるが、
毎度それほど豪華にはならない。
簡素という点においては、
おさとさんと同じような状況といえるだろう。

では果たして、
私に、おさとさんのような真実があるかどうか。


あるだけを尽くした上、
自分の日用品をメルカリで売ってまでして、
ジュースの一本でも追加しようなどとは、
これまで一ミリも思ったことがない。
というか、
そもそもあるだけを尽そうと思ったことすら……。

考えれば考えるほど、
おさとさんの真実が、如何に凄いかと感服させられる。


のち、
共に祝い合った一人、山中忠七先生は、
「うちで二次会をやりましょう」
と皆を誘われる。

おさとさんの真実が移ったのか、
あるいは、あまりの質素に見兼ねられたのか。

いづれにしても
「皆に喜んで貰いたい」との真実が
伝染している
様子を窺える。

道の草創期から、
教祖を慕う人々は
 「皆に喜んで貰いたい」との精神を、
次々と伝染していかれたのであろう。


私も負けてはいられない。

コロナウイルスだけでなく、
こんな時こそようぼく
「皆に喜んで貰いたい」との精神を感染拡大していきたい。


おさとさんのように。

R183.11.1

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