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仙台ミニ句会から仙臺俳句会、そしてアルデバラン歌会。

仙台ミニ句会から仙臺俳句会、そしてアルデバラン歌会。

                           小田島 渚

 2020年9月で、仙臺俳句会は、丸3年が経ち、4年目を迎える。
 宮城県俳句協会会報の「句会往来」から転載した「仙臺俳句会について」は誌面の都合上、仙臺俳句会の前身である「仙台ミニ句会」に触れることができなかった。仙臺俳句会史として、ここで振り返っておきたい。
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 仙台ミニ句会は、佐藤涼子さん(塔・澤・蒼海)が、仙台で大人が気軽に参加できる句会が欲しいと、同じ澤所属の宮川それいけさんと2017年6月25日に歌人、詩人と合わせて4名で、仙台の街中のカフェで開催された。
 この前日の24日には、仙台文学館主催の「ことばの祭典」というイベントがあり、私は佐藤涼子さんとお会いしている。再会であった。
 ことばの祭典は、仙台文学館で、朝に兼題が発表され、1時間半ほどで短歌、俳句、川柳をそれぞれ作って提出し、午後からはその選の発表、授賞式が行われる。その時の選者は、短歌が斉藤梢先生、佐藤通雅先生、俳句が高柳克弘先生、高野ムツオ先生、川柳が伊藤豊志先生、雫石隆子先生であった。
 そして、短歌のことばの祭典賞が佐藤涼子さん、俳句の同賞が私であり、表彰台でお互いに気づいたという次第である。その時の作品はこちら。

  三陸の海おだやかで耳鳴りのような記憶をまた持て余す  佐藤 涼子

  夏蝶は砂浜の耳萬の声  小田島 渚

 再会といったのは、遡って2015年夏に福島にて、天野うずめさん主催の「東北歌会」でお会いしていたからだ。俳句もしていて澤に所属ということで覚えていた。しかし、再会も束の間、涼子さんは、予定があったそうで、授賞式が終わるとことのほか焦った様子で帰っていった。
 そして、話は戻って、仙台ミニ句会が終わった後、涼子さんがツイッターで、「そういば、昨日会った小田島渚さんを誘えばよかった。誰か渚さんを知りませんか。」とツイートしたところ、私はツイッターをやっていなかったのだが、友人から連絡がきた。ツイッターはすごい。
 その次の9月24日開催の仙台ミニ句会(ここを第1回仙台ミニ句会としている)には参加できず、2018年1月に初参加することになったのだが、もう間近だというのに参加者は全部で3名であった。そこで、1月はじめの宮城県俳句協会の新春祝賀交歓会で、浅川芳直さん(駒草・むじな)に思い切って声をかけたところ、「それはどういう句会ですか?」と至極当然なことを聞き返され、そもそも自分も初めての参加であり、なんと説明していいかわからず、しどろもどろになったのを覚えている。
 第2回仙台ミニ句会は、1月14日午後1時から、駅前のエル・ソーラ仙台にて佐藤涼子さんの司会で行われた。漠然とした説明であったが浅川さんも来てくれた。埼玉からのご参加もいただき、合計9名となり、72名収容のやたら広い大会議室の隅っこに、テーブルをロ型に組んだ。小熊座編集長の渡辺誠一郎さんも参加してくださり、28階からの眺望が美しい賑やかな句会となった。

  人類の端(はした)にわれら初句会  渡辺誠一郎

 渡辺誠一郎さんより、句会として向上するためにはせめて2か月に1回の開催が望ましいとの助言があり、涼子さんは多忙で難しいので、次回3月から私が幹事をすることになった。また、句会名を正式に決めたほうがいいとの助言もあり、3月の懇親会で飲みながら相当盛り上がったのだが、結局、4月、「仙臺俳句会(せんだいはいくかい)」と渡辺誠一郎さんにつけていただいた。とてもいい句会名だと思った。これが今に続いているのである。
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 なお、2017年9月24日の仙台ミニ句会の際に、同じように社会人が気軽に参加できる歌会が欲しいという希望が出て、「仙台社会人歌会」が12月に開催。のちに「アルデバラン歌会」と正式名称が決まり、現在も不定期で、塔、短歌人、かりん、心の花、日本歌人、コスモスなどから毎回10名超えの参加があり、盛況で続いている。この幹事を涼子さんから引き継いだのが、友人の髙橋小径さん(短歌人)である。小径さんは先のことばの祭典で、俳句の部で小池光館長賞を受賞している。それは、こんなニューウェーブな一句であった。

  木耳の嫌いなあなたを好きでいる  髙橋小径


(2020年8月記す)

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