壁紙事件

幼稚園の年長の頃のお話。

(はじめに言っておくと長くなりそうだと思ったので、所どころ表現は割愛めに淡々と書いていく)


当時、幼稚園でのお昼ご飯の時間は、教室の中でも結構自由な場所に座って食べることが出来るクラスだった。

とは言っても、僕を含む多くの園児たちは長机に椅子を並べて、友達たちと並んで仲良く食べるのが主流だった。この時先生はどこかの島の中で一緒に食べるか、園児のみんなが見渡せるよう離れた場所で一人で座って食べていた。

そして、特にわいわいと食べるわけでもなく、自然な流れで独りでひっそりと食べてる子なんかもいた。当時の僕の感覚では、仲間外れにしていたこともなければ、そういうことをする子がみんなで食べる誰かを嫌いだったわけでもなかったと思う。

お昼ご飯を食べ終わり、片付けを済ませると、次はホール(体育館みたいな)に行って他のクラスと合同で歌の練習をするため、僕らは先生が教室を先導して出て行くのを待っていた。

ところが、先生は部屋を出て行かずに、僕たちに言った。

「みんな聞いて。ここの壁紙が剥がれてるよ。この壁紙を剥がしたのは誰?」

先生の雰囲気を見て察したのは、これから「怒られる時間」だということだった。

先生の指す壁は、確かに園児の手の平サイズほどに水色基調の白い星と月が描かれた壁紙がちぎり取られているような状態になっていた。

(よく分かんないけど、これ最初からだったんじゃないかな)

僕は全く関与している意識もなかったし、壁をそんなに注視したこともなかったので、どうでもよかった。もし本当にちぎった人がいるのだとすれば、その人を先生が積極的に犯人捜しをして見つけてくれれば、とりあえず収まると思ったし、早くそうなることを願っていた。

なぜなら、教室全体が怒られている雰囲気になっていたからだ。僕はこの空気がすごく嫌だった。自分が怒られるつもりもないのに、何か罪悪感を覚えていなければならないような……子供ってこういう空気は敏感に読む生き物だと今でも思う。

そして、そう思っていたのは僕だけでもなかったのかもしれない。

周りの園児の何人かが、「T美ちゃん」の名前を挙げた。T美ちゃんはお昼の時、剥がれた壁紙付近で独りでご飯を食べていたという目撃があったからだ。

僕が記憶する子供の社会では、そういう尤もらしい意見が出たと思えば、すぐに乗っかって暴力的な民主主義を振りかざす。みんなT美ちゃんを疑った。

しかしT美ちゃんは強かった。頑として私は違うと言い張った。先生は、T美ちゃんが違うと言う以上、さらに言及はしなかった。

そして園児たちの思考力の限界は超えた。(というか僕のだけかもしれないが)

最も現場に近いと思われたT美ちゃんが違うのなら、もう後は皆目見当もつかない。

この当時の先生の指導方針として、自分から名乗り出るまで、または園児たちが答えを導き出すまで、静観することを決めていたんだと思う。

僕たちは黙り込んだまま、時間も分からないほど座り込んでいた。

時折、「誰なの?」「T美ちゃんでしょ」「早くやった人言って」というような声が上がっていたが、誰も名乗り出てこない。

先生も「ホールでこのあと●●組と歌の練習だったのに、もうこれじゃあ行けなくなっちゃうね」と教室の怒られムードにさらに煽りを入れてくる。

それでも誰も名乗り出てこない。

(もう最初から壁紙はこうだったんだよ。少なくとも今日じゃなくて、それ以前の……)

僕は不安と緊張でこれ以外に何も考えられなかった。

先生は、さすがにしびれを切らして「最後の手段」を取った。

「もう今からホールに行っても間に合わないけど、本当にこれで最後だからね。みんな頭を伏せて。それで目を瞑って、絶対開けちゃだめだよ」

今これを読んでいる人も、子供の頃に一度は経験したのではなかろうか。

僕は従順に頭を伏せて目を瞑った。

「誰にも言わないからね。あの壁紙を、ちぎった人は、ゆっくり手を上げて」

……誰が手を上げるんだろう?……

……もしかして誰も手を上げないんじゃないか?……

みなさんはどう思うだろうか

当時の僕は、これでも誰も手を上げなかったら、次はどんな怖い怒られ方をするのか考えたくなかった。

その気持ちだけが心を支配していた。そして、他の誰かが怒られるのが嫌だというなら、僕はこの時間さえ終わってくれるのならどうなっても構わない。

僕は、静かに手を上げた。左肩が動いた拍子に、スモックが耳元に触れた。

「はい、わかりました。じゃあみんな目を開けてください」

先生はすごく落ち着いた口調だった。そして怒られタイムは終わった。

その後、ホールの練習時間には結局間に合わず、すぐに帰り支度の時間となった。

僕は委縮した雰囲気からの解放感からか、手を上げた事も忘れかけて、明日の持ち物と今日持って帰らなければならないものを考えるのに夢中になって支度をしていた。

すると、みんながまだ帰りの準備に夢中になっている間に、先生は僕の名前を呼んだ。ごく自然に用事があるような言い方だったため、僕自身、「何か親に連絡か用でもあるのかな?」くらいの気持ちで先生の横に行った。

先生は僕がそばにくると上から優しく包み込むように、丁度おじぎするような形で覆いかぶさった。先生の顔が僕のすぐ耳元にあった。そしてすかさずとても小さな声で僕に問いかけてきた。

「いつ壁をちぎっちゃったの?」

(あっ)と僕は内心忘れていたことを思い出しても、何を言えばよいかも分からず、とりあえず頷くことしか出来なかった。

「お昼の時?その後?」

ただ、頷く僕。

「なんでちぎっちゃったの?ふざけて?なんとなく?」

再び、ただ頷く僕。

「分かった。ありがとうね。もう大丈夫だよ」

僕は先生から解放された。先生は終始囁くようにして、とにかく優しかった。


そして、時はその2~3年後。この話には続きがあった。

家の中、一人で暇しているときに、とある懐かしいビデオを見つけた。

その内容は、幼稚園の頃に園児が一人ずつ園庭のどこかでインタビューを受ける映像だった。

僕は記憶力の良い方だったため、そのビデオを発見した時点で、既にこの時の質疑応答の内容を思い出していた。そんな僕にとって新しい発見もないだろうと思っていたけれど、それ以上に退屈が優っていたため、僕はビデオを再生した。

やはり僕の記憶通り「好きな食べ物は玉子焼き」「将来の夢はゲームデザイナー」と、カメラを前にして恥ずかしそうに応えていた。最後に何か一言、という場面でも「小学校に行ったら勉強頑張る」とだけ、当時はみんなそんな感じのことを言っていたし、僕も他の答えが思い浮かばなかったのだと思う。

そういった具合で、他の園児たちのインタビューも入っていたので、惰性でぼんやりと眺めていると、T美ちゃんのインタビューが始まった。

好きな食べ物、将来の夢……これを書いてる今は全く思い出せないけど、何か普通のことを言っていたと思う。

最後の一言を除いて……

T美ちゃんは、

「先生へ、私は一つ嘘をついてしまいました。本当にごめんなさい」

僕は画面越しに思わず声を上げてしまった。

「これだああああああああ!」

T美ちゃんが壁紙の犯人だったに違いない。と僕は肌で感じた。

確かに今こうやって文字に起こして書くと、別に「嘘をついた」とだけしか言っていない。「壁紙をちぎった」とは一言も言っていない。

でも僕は幼稚園でT美ちゃんを見てきたし、あの映像を見たことで点と線が繋がった感覚には強く自信を持ちたい。あと、分かってもらえてるとは思うが僕は本当に犯人ではない。

だからって、T美ちゃんの連絡先も知らなければ、そもそも真犯人が分かったところで、もう過ぎたことに対して究明して、一体誰がどう得をするのか。

何にも出来ないし、変わらない。僕はなんとも言えない気持ちだった。


それからさらに3~4年後。小学校6年生の3月に、思わぬ展開が待っていた。

家に一本の電話が掛かってきた。それはなんと当時の幼稚園の先生からだったのだ。

僕は思春期らしく、少し恥ずかしい気持ちを隠しながら電話に出た。タメ口で喋って良いのか、敬語が良いのかということでドキドキしていた。

電話先の先生は変わってない様子だった。どうやら自分の面倒を見た年長クラスの子に、中学校に入る直前のこのタイミングで、電話を掛けて回っているらしい。なんと子供思いな良い先生なんだろうか。

僕は緊張しっぱなしで、先生の話に受け応えるのが精一杯だった。今思えば、笑い話のテンションでも良いから、「壁紙事件」について話をもう一度出来れば、どれだけ心のモヤモヤが晴れただろう。

僕はあろうことか、その絶好のタイミングで壁紙事件のことをすっかり忘れていた。

それもそのはず、考えてみれば6年前の事件、そして3年前に明らかとなった新事実。これから中学校に入る僕にとっては至極些細なことだった。

僕が先生に電話で上手く話せたことはただ一つ。

「中学校に行ったら勉強頑張ります」


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