不気味の谷の笑い 映像単独公演「九月空間」

人って、色々思いこみをしていたり考えていたりしていて、その中身は自分では普通だと思っているのかもしれないけれども実際に口に出すとおかしい時ってあるよなぁと。

例えば、以前の職場に吹き抜けがあり、その下のフロアで立ち話をする人がいたりしたのですが、その様子を吹き抜けの上から手すりに隠れて眺めていた人がいた。
この話を聞いたとき「えー、こわいね」って流れだったので「えー、こわいね」って怯えたんだけれどもそのあとジワジワ「なんのギャグだよ」って気分に。いや、諸事情あるんでしょうけどね。
別に手すりに潜まんでも。っていうか聞こえる距離じゃないよね。っていう。そんな大声で話している人はいなかったし。そしてそれを怖がる必要もあんまないというか、好きにしたらいいじゃないか。とか、色々ツッコミをいれたい。本人たちは至って大真面目だし何らかの理由があって手すりに潜むしそれを見て怖がるし。っていうかなんで潜んでるのわかったんだろ。本人から聞いたのかな、目撃したのかな。いや、いろいろ大変だったんだろうなということはわかる。わかるけれどもジワジワくる。

そこまでの過程をあまり知らずにポンと距離を縮められて本音を見せられた時、縮められたはずの距離が遠のく感じ。「不気味の谷」現象のように、これ以上詰められると一気に不快。そんなギリギリのラインってあるよね。でもそのラインってなんか笑ってしまうんだよね。

ということを最近考えていてからのこちら。

お笑い芸人九月の映像単独公演。約70分で公演を見るだけなら2千円。2千円安いじゃーん。と思うくらいには配信ライブに慣れてきた最近。しかも動画が手元に残るのね。ポチッ。

九月って芸名

そもそもの芸名の由来もあるのは知っているのですが、この「九月」ってネーミングも絶妙。九月って秋のくせに暑いじゃないですか。と思っていると急に寒かったり。いまいち9月のしっかりしたイメージがないんですよね。あったとしても、多分人によってイメージに差がありそう。8月は夏。夏祭り、海、かき氷。10月は秋。お月見、ススキ、枯草の香り。でも、九月。お前は一体何者なんだ。

そんな九月の九月空間の以下感想。

前半5つの感想

1.密室
2.生徒指導の限界
3.馬鹿と邪悪
ー高速フラッシュ 相殺
4.これからも友達でいたい
5.立派に腐ったカレー屋さん
ー読むいやな話 郊外のラブレター

冒頭で書いた、人って実際考えていることを吐露すると何かどこかがおかしいんじゃないかというか、その辺の本音をいきなり見せられると笑ってしまうという系。いや、まって。それ以上見せられるとお前単におかしい人じゃん?って所をギリギリの加減で笑える様にしているさじ加減。そのうち気づくと「それ以上」を見せられしまっていてる巻き込まれた感。

微妙に笑っていいのか悪いのかわからないけれども笑ってしまう。そんなコント。「ビデオレター」「これからも友達でいたい」が特に好きで、「おかしいって」ということを平気でやってる友人との間合いを計りつつ会話をしていく主人公の姿にじわじわくる。あるある、こういうの。

同じ感じでこちらはラジオコントなんですが、こちらも非常に上手い。音声だけの媒体をうまく使っていて、小さな笑いの連続から最後のオチで「やられた感」を味わえる。やりすぎると皮肉と醜悪をはき違えた何かになりそうなところのギリギリ。コメントにほんのりネタバレついてるけど、それを見てから聞いても面白い。

6.寿司と許し

と、カレー屋さんまでは想定内の笑いというか「ああ、こういう感じね。おもしろーい」だったんですが、寿司と許しから不穏な空気に。「ああ、こういう感じね」だったはずが徐々におかしくなっていく怖さとおもしろさ。

この「寿司と許し」は私は前半で特に気に入ってて「すごくおもしろいネタで、寿司と許しっていうテーマで話をしているんだけど」と友人に説明したら
「その説明ではなにがどうおもしろいのかさっぱりわからない」と言われてしまった。
「いや、違うんだって。おもしろいから、つまりさ、寿司なんだよ。寿司と許しがネタになってて、いやこのネタって寿司的なネタじゃなくて、あ、寿司的なネタでもあるのかな。要するに寿司だからね。」

と必死に説明する私の姿はどう見てもやばい人。誰かこの面白さを上手く説明してほしい。私も何が面白いのかわからなくなってきたけどもう一度見てもやはり笑う。多分このコント、生で見たら終盤で悲鳴上がりそう。怖いもの見たさ的なおもしろさ。

後半

7.地獄への家庭訪問
8.家系ラーメン
ー連歌 ある日 その店
9.誤人
10.赤くて丸い悲しみ
ー紀行 日本のいろんな悲しみ
11.罪とクレープ
12.一石二鳥

このあたりから動画の不穏な空気は加速度を増し、九月空間に引き込まれる。こうなるともう、なにがどう面白いかわからないけれども笑ってしまう。

「赤ちゃんがゲラゲラ笑うのは実は怖がってる」説(ソース忘れた。真偽不明)というのを私は支持してて、たまに赤ちゃんって怖いシチュエーションで笑いが止まらなくなるんだけれども、まさにそんな感じというか。面白くて笑っているのか怖くて笑っているのかわからない。

「誤人」~「罪とクレープ」の流れが最高に好き。頭おかしい。「罪とクレープ」はYouTubeにラジオコントもありますが、映像のほうが断然面白い。

九月

以上、感想でした。

コントとか舞台を映像化するとどうしてもいまいち声が聞こえないなどがあって、距離感を感じてしまうのですがこちらは「映像」としての作品にきちんと仕立ててあるので見やすい。加えて妙にかわいい声、優等生的な滑舌が人懐っこさを醸し出していて、ポンと懐に入り込まれるようなそんな親しみを感じさせる。

そうやって懐に入り込ませてから見せつけられるこのコント。それこそ不気味の谷のような、これ以上やるとその距離感から気持ち悪さを感じてしまいそうなところギリギリ見せてくる。

とっても好み。

そして、舞台や音楽関係の皆さんにとって今の状況は決して良くないということは重々承知の上で、でもこうして沢山のいろんな音楽や公演が配信されることはうれしいなと思います。

台風の夜に一人こっそりと見ると最高な気がする。今の時期にお勧めな作品です。



来年またなにかやれたらいいな