国家の最大の機能について――正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する

この記事は、国際政治学徒からの、sgさんの記事に対する応答である。

sgさんは、日本で最先端をいくPlasmaの開発者である。Plasmaは暗号通貨Ethereumのlayer 2nd solutionsのひとつで、EVMの処理をネイティブ・チェーンから逃がしてchild chainで行う理想的な技術である。

ぼくが彼をフォローしているのは、彼が技術者であるだけでなく、技術が現実にどう影響するのかを、真摯に見つめているからである。現実と技術の接点を見つめたうえでPlasmaの開発をしているし、だからこそガバナンスにも積極的に思考を伸ばしている。

彼は、国家の機能を三つに分けて考える。「拡大の機能」「持続の機能」「庇護の機能」の三つだ。それぞれの説明は、以下の通りである。

「拡大の機能」は市場での競争力を得て国力を増大するための法整備や予算分配等である。「持続の機能」は行政、司法、立法、経済活動の運営をスムーズに行い、秩序をもたらすためのシステム面である。「庇護の機能」は不可避的に存在する弱者を救済する機能および、国民の安全を保証するための軍事等である。

ここから展開される議論には、一定の説得力がある。(とくに持続の機能について)彼は、パブリックブロックチェーンの活用によって「テクノロジーが国を開始する最小単位を再定義しているのが今後数年なのではないだろうか」と見ている。パブリックチェーンの利用は、統治の領域で果たしうる役割は大きい。非常におもしろい視点である。

ただ、sgさんも気づいているようだが、本文中で「庇護の機能」の説明をしていても、軍事の項目を議論の流れに適切に位置づけられていない。とって付けたような説明になっている。なんとなく違和感があり、自ら「国家の機能を説明しきれていない」と感じているからこそ、「人文系諸氏にはぜひ本気を見せてほしい」と最後に付け加えたのだろう。

人文系のひとりとして、答える義務がある。

国家の機能のなかに「軍事を組みこめない」ことは、単純な問題ではない。

近代国民国家の基礎を理解していないことを示すからである。近代の国家における、最大の発明である「主権」について触れなければ、国家を説明することにはならない。主権国家を理解していたならば、国家の機能として三つの機能を並列することも、なかっただろう。国家の機能には、明確な順列が存在しているからだ。

以下に書くことは、政治学における暗黙知に属する。暗黙知だから、単純に教科書や書籍を読むだけでは到達しない。少なくとも数年間は思考しつづけて、身体的な理解に落としこむ必要がある。暗黙知に到達できるくらいの領域は、ひとりの人間では限られているから、こうして共有する必要がある。

まず、前提となるイメージを共有したい。マックス・ウェーバーによる国家の定義である。

国家とは、ある一定の領域の内部で----この「領域」という点が特徴なのだが----正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である

領域内において、正当な物理的暴力の独占を要求する、人間共同体。これが国家である。

領域内における正当な物理的暴力行使の独占は、国家のもつ機能のなかで最上位に属する。国家とそれ以外を分ける、重要な論点である。

前近代における国家は、領域内における正当な物理的暴力を独占を(実効的に)要求していなかった。「国家」のなかには、複数の領主が存在した。彼らは軍隊をもっていた。対外的な戦闘にさいしては領主を束ねて赴くけれど、軍隊の直接的な指揮権は、領主に属していた。

国家のなかに独立した軍隊が複数あることは、領主の判断で戦闘を始められることを意味した。領主の名誉が傷つけられたとき、その名誉を回復するため、戦闘を行うことができた。つまり、自力救済をする権利があった。

自力救済ができたのは、彼らに独自の暴力装置があったからである。彼らの暴力行使は、正当なものだった。

いっぽう近代国家は、領域内における正当な暴力行使を独占している。たとえばソマリアのように、公に武装集団が存在して、彼らの武装解除をできないような国家は、近代国家としての要件を満たさない。しばしば破綻国家(failed state)と呼ばれるゆえんである。

たまに領土、人民、政府(主権)の三要件を満たせば国家であると言われる。しかし、それは表面的な理解にすぎない。領域内における正当な物理的暴力行使の独占こそが、主権を構成する最大の要件である。

正当な物理的暴力行使を独占するかわりに、政府には領域内の安全を一元的に保つ必要が生まれた。だからこそ、領域内においては警察による治安維持能力が求められ、領域外に対しては軍備を固め安全保障を達成する必要があった。領域内における紛争も、平和裏に解決する機構を整える必要があった。裁判所が生まれた。

近代国家にもとめられる最小要件は、すべて暴力の独占に端を発している。国家の機能において最初に挙げなければならないのは、暴力の独占にともなう領域内における安全の提供である。

夜警国家という議論を聞いたことがあるだろう。国家の機能は、治安維持と安全保障に留めるべきだ、という考えかたである。それは、こうした近代国家の主権の在りかを切実に見つめた結果である。

しかし、この話は、20世紀における福祉国家化を説明しない。Sgさんがいうように、現代の国家は夜警国家の機能だけではなく、福祉を提供している。

その理由は、国家の正統性を広範に集める必要が生まれたからである(つづく)


サポート金額よりも、サポートメッセージがありがたいんだと気づきました。 読んでいただいて、ありがとうございました。