きみは何もしらない。自分に対する愛よりも、深い愛で愛した女。目だけですべてを語る女。そういうひとが病院で寝たきりになって、毎日手を握りつづける。面会時間を過ぎているのに、医者は声もかけられない。そうした経験を、きみはしらない
「わたしは大丈夫だよ」って強がらなくていい相手がいるだけで、どれだけ救われるだろうか。
このひとにだけは、自分を取りつくろう必要がない。自分の弱いところも、情けないところも全部さらけだしても、隣にいてくれるひと。ただ手を握って、抱きしめて、それだけで安心させてくれるひと。
人間はきっと、そういうひとがそばにいてくれるだけで生きていける。
プロポーズを受け入れた新婦は、医者から「失明するかもしれない。いますぐ手術をする必要がある」と告げられた。
新婦はきっと不安に押しつぶされる寸前だった。自分の目から光が失われる恐怖。もし手術が失敗したら……と考えてしまって消えない不安。ベットの上で時間を持てあまし、とめどない不安だけが坂道を転がる雪玉のように大きくなる。
そんななか、新郎は仕事を休んで彼女のそばにいつづけた。新郎が毎日そばにいてくれることが、彼女にとってどれだけ大きかっただろうか。彼には仕事があることもわかっている。でも、自分ではどうしようもできない不安にさいなまれるなか、本音を言えばそばにいてほしい。
たぶん、こんな会話もあったのだろうと思う。
「仕事もあるだろうから、毎日はこなくていいよ」
「俺のことは考えなくていい。きみがどうしてほしいかだけ言ってほしい」
この言葉だけで、どれだけ救われただろうか。
映画『グッドウィル・ハンティング』には、人と深くつながることを恐れる若者に、妻を失った男性がさとす場面がある。
「きみは何もしらない。自分に対する愛よりも、深い愛で愛した女。目だけですべてを語る女。そういうひとが病院で寝たきりになって、毎日手を握りつづける。面会時間を過ぎているのに、医者は声もかけられない。そうした経験を、きみはしらない」
新郎が「仕事を休んで毎日、病院に通った」と声を詰まらせながら言った瞬間、ぼくは涙を流した。結婚という言葉以上に、ふたりのつながりを深く感じた。忘れられない結婚式になるだろう。
サポート金額よりも、サポートメッセージがありがたいんだと気づきました。 読んでいただいて、ありがとうございました。