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鴻上さんのコラムで蘇った100年前の名作『春にして君を離れ(アガサ・クリスティ)』【読書ログ#35】

鴻上尚史の例の人生相談コラムで紹介されて話題になったのがアガサ・クリスティの『春にして君を離れ』だ。

コラムでは、良かれと思って長年相談に乗っていた友人から絶縁された女性が相談をしていた。本人が親切だと信じて疑っていなかった行為が、実は優越感からくる見下しで、価値観の押し付けだったというのが鴻上さんの見立て。

そのなかで、読まなくても良いけどと断りつつ、この本を紹介していた。

この相談者は、学生時代からの友人に対し、一見親切な「よかれ」からの「価値観の押しつけ」へのワンツーを効果的に繰り出し、とどめの「自分自慢」までのきれいなコンビネーションでマウントを取っていた。

マウントを取ったらあとは簡単、無抵抗な相手の心を、一般論とか、同情とか、得意の『よかれ』や『価値観の押し付け』で削っていく。

この相談者に限らず、程度の差はあれ、こんなことを無自覚にしてくる人は多いし、自分にもそういう所が無いとも言えない。反省だ。

『春にして君を離れ』のジョーンは、家族や友人に対していそういった態度をとっていた。しかもワールドチャンプレベルだ。

自分は完璧な妻であり、完璧な母親であり、完璧な友人だと、完璧に本気で完璧に思っていた。一発一発が重く、夫のロドニーはダウン寸前だし、子どもたちは全員逃げ出した。

本気で完璧に純真なジョーンは、良かれと思い完璧な自分の価値観を家族に友人に押し付ける。完璧に良いことだからと。とんでもない余計なお世話さんだ。余計なお世話を通り越してモンスターになっている。自分の思い通りにならないと気が済まない上に、うまくいかないことは全部他人のせいにもしている。近くにこんな人が居たら大変だ。

私は、真相に近づくジョーンにハラハラしながら、もし彼女がモンスターなのだとしたら、それを生み出したのは夫であるロドニーではないか、と思いながら読んでいた。

妻であるジョーンが勘違いちゃん街道まっしぐらに突き進み、身の回りの人に被害を広げる姿を一番近いところから見ていたにもかかわらず、彼女からそれを知る機会を奪い、反省する機会を奪い、態度を替える機会を奪った。子供達と良好な関係を築くチャンスも奪った。

ジョーンの暴走は、会社や学校であれば『裸の王様』扱いされておしまいだが、家族となるとそうはないかない、関係は一生続く。にもかかわらずロドニーは放置した。なかなかにひどい男だ。それがロドニーの性格ならば致し方ないのかもしれないが、その煮え切らない態度が原因で、自らの夢も、恋路もフイにしている。臆病者だ。

ジョーンは、最終的に自らが『はだかの王様』であったことに気がつく。そして、最後の最後、何もかも気がつき、そのことを隠すことにした。それは、もしかしたら夫に対する復讐なのかもしれない。子どもたちに対する贖罪なのかもしれない。

100年以上も前に書かれた作品だが、100年前も、1000年前も、人間の抱えるものなんて何も変わっていないということか。鴻上さんの言う通りだ。おすすめ!

「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。