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随筆のマスターピース『父の詫び状』【読書ログ#134】

『父の詫び状』(向田邦子)

本書が向田邦子デビューだったのだが、このかた凄い。この本凄い。この歳になるまで読んでこなかったが、なんてもったいないことをしていたのか。

随筆集なのだが、テレビの世界で、ドラマ等の脚本を書いていた方ということで、テンポよく話が進む。次々と話が飛ぶ。でも、あれよあれよと引き込まれ、しんみりした読後感が残される。きっと、ドラマもこんな感じだったのかな。

昭和の生活史としても興味深い。さくらももこの昭和すら、ずいぶんと昔の日本という感じがするけど、それよも更に昔の昭和。戦中・戦後の昭和を舞台に、恐らくこういう人達が日本の高度成長を支えたのだろうなという「父」と、それにふりまわされる私(と家族)との逸話を、自分の人生を振り返るような形で描いていく。

こんな説明だと、なんだか暗く侘しいイメージだが、向田邦子さん、とにかく変な事件に遭遇するし、そのうえ、それをしっかり拾うので、掲載されたエッセイはどれも抱腹絶倒の面白さ。戦争の影響もあり大変だったと思うのだけど、そんな事を感じさせない筆致と、じわじわとしみてくる親子愛に素敵な気分になる。

この頃にくらべたら「父」の、社会での、家庭での役割が大きく変わっているのだなと、改めて思う。いま、こんな「父」が居たら「ママ」に3秒で殺されている。無理無理。やばいやばい。

本書は、1955年に創刊された無料の情報誌「銀座百点」に連載されたものをまとめたもの。「銀座百点」は今でも残っていて、銀座の古い店でランチを食べていると、その店の入り口あたりにそっとおいてあったりする。新橋寄りの銀座にある天國にも置いてあって、天丼を食べ、満腹で朦朧としているときに読んでいると、なんだか昭和にトリップしたような気分になれるよ。(天丼はまぁまぁ、ぼちぼちな味)

「人間はその個性に合った事件に出会うものだ」(小林秀雄)

「事件の方が人間を選ぶのである」(向田邦子)

「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。