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チーズ職人 × 酪農家 × 熟成士 の掛け算で世界一のチーズを作りファンの心を射抜く 『ブルーチーズドリーマー 世界一のチーズを作る。』 【読書ログ#91】

いやぁ、面白かったなー。

ものづくりをするすべての人に、地方再生を考えるすべての人に、チーズ好きのすべての食いしん坊の人にオススメですよ。

『ブルーチーズドリーマー 世界一のチーズを作る。』(伊勢 昇平)

北海道は旭川、江丹別町(エタンベツ町)で世界一のブルーチーズを作る男の物語。

世界一のチーズを故郷の江丹別でつくる

と決めた男の物語だ。

日本では誰も作っていなかった「ブルーチーズ」で成功を収めるまでの物語だ。

最初は『奇跡のリンゴ』のような話かと思い読み始めるが、これがまったく違うのだ。情熱も熱意も行動力もすごいが、まずなによりも考え抜いている。

それはファンベースであり、マーケティングであり、戦略論だ。夢の実現のため、情熱だけではない、ビジネスとして考え抜いた末に、勝つべくして勝っている。

熱い男の成功物語としても十分に楽しめるのだが、それ以上に、物事を達成するためのヒントがちりばめられている実用書でもある。

きっかけはワイルドティーチャー

きっかけが面白い。それは、高校時代に出会った英語塾の先生との会話。

先生はいつも上半身裸で日光浴をしながらビールを飲んでいた。かっこいい。

口癖は

「常にワールドワイドで生きろ」
「今日の最高は明日の最低」

かっこいい。

授業もかっこよくて、英語のレッスンの前に筋トレと柔軟体操をみっちり2時間こなす。

それでもまだ授業ははじまらず、先生とのコーヒータイムが始まる。

そこでは、音楽から政治、経済ありとあらゆる話題がだされるが、そんなコーヒータイムで、ある運命的な会話がなされる。

「お前の親父は牛乳絞ってんだろ。じゃあその牛乳でめちゃ美味いチーズを作ったら、それだって立派なワールドワイドだぞ」
「それやります、チーズ作ります」

この会話をきっかけに、伊勢氏による日本一のチーズを作る旅が始まる。

なぜブルーチーズか?

そもそも、数多あるチーズのなかから、ブルーチーズと決めたのは何故か。伊勢氏は、自分が持っているカードの中で、一番力を生かすことが出来るものを選び、ひたすら高める。という事をまず考えた。

それは、酪農の家に生まれたこと、しかも少量生産で品質にこだわっていたこと(儲からないのが悩み)、そして江丹別であること。

江丹別は旭川の北側にある町だが、ここと同じ気候の土地をさがすと、フランスの内陸地にあるチーズの生産地「オーベルニュ」があてはまった。

そして、その「オーベルニュ」で最も有名なチーズがブルーチーズだったのだ。

まるでカリフォルニアでワイン作りが始まったときのエピソードみたいだ。

品質に徹底的にこだわったミルク、ブルーチーズの熟成に適した気候。これらを掛け算することで「究極的に品質にこだわった」チーズを、少量生産することで、十分に世界と勝負できると考えた。

まずは小さく始める、とにかくやってみて、人の心を動かす商品とは何かを見極めながら感動を広げていく、そして、確信が持てたら投資をして大きくすれば良い。まさにリーンスタートアップ。

ロールモデルは、究極に品質にこだわる少量生産の赤ワイン、ロマネコンティだ。

まわりは当然反対するが、著者の伊勢氏はかっこいい。やるときめたら出来るだけ早くやってしまえ、と、実際に生産を始めてしまう。

最初の成功、そして挫折

情熱で作り始めたブルーチーズ「江丹別の青いチーズ」は、幸運にも恵まれ非常に良くできた。味の評判も良く、日本初のブルーチーズ生産ということで、よく売れたし、JALのファーストクラスにも採用された。

テレビなどのメディアにも呼ばれ、地元でもちやほやされ、まさにプロとしてやっていこうというそのとき、突然チーズに青カビがつかなくなってしまった。

手を変え品を変え、あれこれ手を尽くすも一行に品質が安定しない。

どうやら季節が変わるタイミングでミルクの質に変化が出る際にうまくいかないようだ、というところまでは突き止めるが、そこから先がどうしてもわからない。

納得のいかない品質のチーズを出すわけにはいかない

良い時も悪い時も、商品の評価はつくっている人間の評価と直結しているのです。

結局3年間で2/3も破棄する事になってしまった。

ちやほやされてイイ気になっていたが、自分は全くプロではなかった事に気が付く。プロとは、

「いつでも、どんな状況でも常に平均点以上の仕事ができる人のことである」
90点を1回出すよりも70点をコンスタントに出せる事の方がずっと重要で難しいこと

そこで著者は決心する。日本でブルーチーズを作る生産者は居ない、解決の為のノウハウは日本には無い。ふたたびフランスで修行しようと決心する。

フランスでの修行

単身飛び込んだ著者は、フランスで臆することなく修行に励む。臆してなんて居られないのである。

絶対に自分が必要な知識と技術を学ぶんだ

という確固たる目標がある。

行動を起こすときに躊躇する時間は一瞬たりともありませんでした。

そして、とうとう青カビが発生しない原因も突き止める。それは酵母の活性と季節の関係を理解していなかったことが原因だった。

また、大量生産の現場で体系化された生産技法を学びながら、そこで出会った同僚との会話で重要なヒントをもらう。

本当に美味いブルーチーズを作りたければ

「無殺菌、脱脂しない、乾塩(塩水に長時間浸すのではなく直接チーズに塩をすりこむ手法)の3つを絶対にまもるべきだ」

と。

そして、世界でも有名な大量生産されたブルーチーズは、これが出来ていない。やらなくても美味いチーズにはなるが、完璧ではない。と。

①確立された製法
②質の高いミルク
③手間を惜しまないこと

この3つを守れば、特に③の手間を惜しまなければ、世界レベルのブルーチーズとも十分に勝負できると確信する。

そしてもう一つ、アレンジ熟成というヒントを手に入れる。

カカオやマーマレード、ブランデーなど、あらゆる素材を使い熟成されたアレンジ熟成の流行を目にするのである。

フランスでは国からの保護もありチーズは格安で買う事が出来るのだが、アレンジ熟成されたチーズは、非常に人気をあつめており、普通のチーズの10倍、20倍の値段でも飛ぶように売れていた。

再チャレンジ

日本に戻った著者は、さっそくブルーチーズ作りに取り掛かる。手に入れた知識、技術を使い、自分の製造で再現する。最初はうまくいかない。以前はここでパニックになっていた。しかし、以前とは違う、学んだ結果、何故うまくいかないかがわかるのだ。

たとえば、一般的に何かを学ぶということは知識や情報を取り込み、暗記することだと考えられがちですが、本当に大事なのは起因と結果の間にある過程をどれだけ具体的に説明できるかなのです。

最初は情熱とセンスがあれば自分にしか出来ないチーズが出来ると思っていた。しかし、それは大きな誤りだった。

今まで先人が積み上げて来たものを全部知ってからがオリジナリティなんです。
勉強とは人が経験したことを学ぶこと。誰もみたことのない世界はその先にしかないのです。

ここから先はトントン七拍子で物事は進んでいく。

安定した生産に加え、チーズの熟成という武器を手にれ、酒粕による熟成チーズ「旭川」を商品化。大ヒット商品となり、JALに続き、ANAでもファーストクラスでの採用となった。

これらの話にも、沢山引用したくなる言葉がある、知ってもらいたいノウハウがある。とくに、これってファンベースだよね! というエピソードもある。

ここまで読んで、うはー、面白そう、と思った方は是非手にとってみてほしいな。勢いと情熱だけではない、考え抜かれたロジックでまっすぐに目標へ向かって進んでいく姿に刺激を受けると思う。

冒頭でも書いたが、ものづくりをするすべての人に、地方再生を考えるすべての人に、チーズ好きのすべての食いしん坊の人にとってヒントがあると思う。おすすめ!

もうこうなったら食べたくてしょうがないんだけど、江丹別に行かないと買えないのかしら……

「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。