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父と父が父として父をゆずりあう父の姿に感動する父『そして、バトンは渡された』【読書ログ#80】

『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ)

本屋大賞に選ばれたということで某読書会の課題本として選ばれまして、読みました。

天邪鬼な性格なので、面白いとか、感動するとか、そういった評判が先に立っているベストセラーは進んで買わないタイプの本なのですが、読んでみたら、案の定面白くて感動をしました。

素直に読めば、とても不思議な境遇で生きる女の子が、素敵な大人にかこまれ、素敵に育っていく物語です。もちろん、いやな人も出てくるけど、そんなに嫌じゃないの。どちらかというといい人なの。でも、いい人は、すっごくいい人なの。超ハッピーエンドだし。

もうね、最後のシーン、父と父が父として父をゆずりあう父と父にそれを見守る父の姿に同じく娘を持つ父として泣けてくるわけです。いや、ふざけているわけではなくて、そういう話なのです。

簡単なあらすじ

主人公の優子さんは高校二年生。とても複雑な環境で育ってきた。

幼いころに実の母を亡くし、父親(以下「父親1」と記す)は再婚するもブラジルへの転勤が決まり再婚相手の義母はブラジルなんて嫌だと離婚、優子は日本に残る友人と別れたくないという理由で日本に義母とのこる。

義母はやがて再婚し二人目の父親(以下「父親2」と記す)と生活する。父親2はこれでもかというほどの優しさと気遣いで優子を大事に大事に育てるが、そんな生活に義母が飽きてしまい間もなく離婚。優子は暫く他人となった父親2の家にやっかいになり、引き続き超お世話される。そんな生活は長く続かず、義母は別の男性(以下「父親3」と記す)と再婚。優子は父親3と義母と暮らし始める。が、義母がたちまち逃げ出して離婚。現在は父親3と二人暮らしをしている。

時系列で状態遷移を図示したい衝動にかられパワーポイントを開いたが、それはすぐにばかばかしくなって諦めた。

父親3はとても良い人で、フラットな関係ながらも最大限の気遣いと、父親3なりの父親像を体現しようと努力を重ね、優子を立派に育てていく。

そして、最後は全父親に総括が訪れ感動のフィナーレとなる。

あらすじはこんな感じです。あ、義母がとんでもない感じの人物にみえるけど、超いい感じです。安心してください。この小説には悪い人が出てこないのよ。

さて、設定がややこしい。でも、とても読みやすい。設定がややこしい。けど、話はわかりやすい。感動もできる。

だがしかし、心に残る名作かと聞かれたら、そこまでではない。じゃぁ、誰もも薦めないのか? と聞かれると、割と薦めたい。あまり読書をしない人に薦めたいなと思う。エロもグロもバイオレンスも無いし、内容はハッピーだし。例えば、中高生とか。

なるほど、本屋大賞ってのは、新しい読者層を作ろうという試みなのかもしれない。とてもよみやすいし、本を読む楽しさが沢山もりこまれている。であれば、早いところ文庫化したらいいのにな。

そんなわけでこの小説はとても読みやすくてホッコリする小説なんだけど、個人的には、とても不思議な小説だとも感じた。設定が面白いというか不思議なので、そちらに目を奪われるけど、読んでいると、それ以上に不自然なことが多い。不思議なの。最初読んだとき、あまりにもハッピーな話にわかりやすく感動するのだけど、本当にこれでおわりなのかしら? という思いが沸々と湧いてくる。

だって、絶対に辛いことはあったはずだ。なのに、そんなエピソードは全然出てこない。クラスメートと喧嘩しちゃうけど、あっさり仲直りをするし。

でも、そんなわけないよ。小中学校なんて、左右違う柄の靴下で登校しただけで一日中いじられる冷酷な世界だ。ましてや父親が次々と入れ替わり苗字が変わっていく生徒なんて、いじられないはずがない。

でも、そういった話は一切書かれない。それはきっとわざとなのかなと思う。

そんなことを考えながら読んでみると、色々と気にかかってくる。友人との距離の取り方などをみても、自分を守り傷つかないようにしてきたことが、あの微妙な距離感の取り方、鈍感さ、そういった優子の特徴を作ったのではないかしら。

子どもが居ると分かるが、子というものは、親に対してだったら何をしてもいいし、何を言っても大丈夫な存在だとおもっている。甘えるのも頼るのも世話を焼かれるのも当たり前だし、気に食わなければ文句を垂れ、ストレスがたまれば殴りに来る。言い負かされそうになったら大声で「パパなんて大嫌い!」と言えば形勢逆転だ。気に入らなければ「パパくさーい」と言えば父親を地に落とすことが出来る。何を言おうが、何をしようが治外法権、そのことについて疑問なんてまったくもっていない。

だけど、優子は少し違う、たとえ傷ついても、安心して、安心しきって、甘え、もたれかかるところがない。普通の親子のように、何もかも与えられるのが当たり前な関係にもたれかかれない、そんな自分を自覚しているからこそ傷ついてきたのではないか。この子が賢くて聡明だからこそついてしまう傷だ。

小さなダメージを積み重ねて生きていることが伺える瞬間があって、切なくなる。どこか自分を俯瞰しているからこそ、クラスメイトからの嫌がらせに鈍感になれる。

父親3であるところの森宮とピアノの話をしながら、優子が泣いてしまうシーンがあった。そうだよな、彼女は幸せだけど、辛かったのだ。

そうおもうと、やっぱり最後のシーンは感動的だ。だって父が父と父としての……

ということで、読書の入り口に居る方にも、読書しすぎてる方にも、どちらにも楽しめるような小説を書きたかったのかもしれないなぁと思った次第。

「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。