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産総研、溶融金属の凝固過程を可視化する装置を開発:注目ニュース✨

発表日:2024年9月3日

産業技術総合研究所(産総研)の研究チームが、溶融金属の流動凝固過程を可視化する画期的なX線イメージング装置を開発しました。

この技術は、アルミニウムのアップグレードリサイクルに大きな進展をもたらす可能性があり、持続可能な資源循環型社会の実現に向けた重要な一歩となっています。

開発したX線イメージング装置(左)と模式図(中央)および開発装置を用いて撮影したX線画像(右)(引用元:

アルミニウムリサイクルの課題

アルミニウムは、その優れた特性から輸送機器の軽量化や建造物の高耐久性を目的として広く使用されており、今後20年間で需要が約1.5倍に増加すると予測されています。アルミニウムは融点が660℃と比較的低いため、溶解によるリサイクルが容易な金属として知られています。

しかし、リサイクルされた2次アルミニウム合金には重要な課題がありました。これらの合金は不純物が多く含まれ、合金元素濃度が高いため、金属間化合物を多く含む傾向があります。その結果、成形・加工性が低下し、高品質な展伸材(薄い板状や棒状に加工される材料)としての利用が困難でした。

このため、2次アルミニウム合金のほとんどは鋳造材(溶けた金属を型に流して固める材料)としてのみ利用されてきました。アルミニウムの資源循環を促進するためには、高合金元素濃度の2次アルミニウム合金を低合金元素濃度の展伸材にアップグレードリサイクルすることが必要不可欠でした。

アルミニウムの概観(引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%A6%E3%83%A0)

産総研の取り組み

産総研は、この課題に取り組むため、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業「アルミニウム素材高度資源循環システム構築事業」において、溶解工程の高度化によるアルミニウム中の不純物元素低減技術の開発を推進してきました。

さらに、産総研の領域融合プロジェクト「資源循環利用技術研究ラボ」では、資源循環型社会の実現に向けたアルミニウムのアップグレードリサイクル技術の高度化に取り組んできました。

NEDOプロジェクトで取り組む、アルミニウムリサイクルシステムと要素技術
(引用元:https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100195.html)

革新的なX線イメージング技術の開発

従来の放射光X線イメージング技術では、観察範囲が数十mm²程度と狭く、流動下での観察が困難でした。この制限は、アルミニウムの精製プロセスを可視化する上で大きな障壁となっていました。

産総研の研究チームは、この問題を解決するため、以下の特徴を持つ新しいX線イメージング装置を開発しました:

  1. マイクロフォーカスX線源フラットパネル型X線検出器の組み合わせ:

    • これにより、従来の100倍以上の広い面積での観察が可能になりました。

  2. 中空構造の電磁撹拌装置の採用:

    • 溶融金属を流動させながらX線を直接照射できるようになりました。

  3. X線源、電磁撹拌装置、X線検出器の鉛直方向配置:

    • 流動する溶融金属の大面積かつ高解像度な透過像の撮影が可能になりました。

  4. 高解像度フラットパネル型検出器の使用:

    • 3840×3072画素の解像度を持ち、55.7×44.5 mm²の広い観察視野を実現しました。

この新技術により、電磁撹拌下における不純物元素を含む結晶相の成長挙動を数十cm²以上の広い視野で可視化することが可能になりました。

開発した装置のX線イメージング部の模式図
(引用元:https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20240903/pr20240903.html)

装置の性能向上

開発初期段階では、透過X線画像に水平方向のノイズが現れ、晶出した結晶と溶融金属の境界が不明瞭になるという問題がありました。研究チームは、るつぼ材質の変更や電磁シールドの追加など、装置の改良を重ねることで、ノイズ量の低減と空間分解能の向上を達成しました。

装置改良前(左)および改良後(右)に撮影した透過X線画像の画質(引用元:https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20240903/pr20240903.html)

実験結果と知見

研究チームは、開発した装置を用いてAl-10Si-2Fe-2Mn合金(アルミニウムが主成分、シリコンが10%、鉄が2%、マンガンが2%)の凝固過程を観察しました。

X線イメージング実験に用いた試料形状の模式図(左)および4分の1断面の光学顕微鏡写真(引用元:https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20240903/pr20240903.html)


観察の結果、以下のような重要な知見が得られました:

  1. 電磁撹拌の効果

    • 電磁撹拌を付与することで、試料の外周部に鉄などの不純物を含む結晶相が局所的に形成され、マクロ偏析が顕著になることが分かりました。

    • この過程により、元の合金中の鉄濃度を2.0%から0.5%に低減することができました。

  2. 金属間化合物の成長過程

    • 冷却過程を通じて、鉄を含む金属間化合物が外周部から中心に向かって成長する様子が観察されました。

    • 具体的には、683℃でるつぼの壁面近くに金属間化合物が形成され始め、温度の低下に伴い外周部から中心に向かって成長していく様子が可視化されました。

  3. マクロ偏析のメカニズム

    • 電磁撹拌を与えたAl-10Si-2Fe-2Mn合金の鉄のマクロ偏析は、外周部に形成した鉄を含む金属間化合物の粗大化に起因する現象であることが明らかになりました。

これらの知見は、電磁撹拌に伴う凝固偏析を意図的に制御して、より高効率に鉄を含む不純物相をスクラップ合金から分離するプロセスの設計に活用できます。

開発したX線イメージング装置を用いて撮影した透過X線画像(引用元:https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20240903/pr20240903.html)

今後の展望

研究チームは、今後以下の点に注力していく予定です:

  1. X線イメージング装置の空間分解能のさらなる向上

  2. 撮影速度の高速化

  3. 金属リサイクルプロセスだけでなく、鋳造プロセスや金属材料開発への応用拡大

これらの改良により、アルミニウムのアップグレードリサイクルの高度化だけでなく、他の金属材料の開発や製造プロセスの改善にも貢献することが期待されています。

研究の社会的意義

この研究成果は、持続可能な資源循環型社会の実現に向けた重要な一歩となります。アルミニウムのアップグレードリサイクル技術の向上は、以下のような社会的利益をもたらす可能性があります:

  1. 資源の有効活用:高品質な2次アルミニウム合金の生産により、新規の原料採掘を減らすことができます。

  2. エネルギー消費の削減:リサイクルプロセスの効率化により、新規製造に比べてエネルギー消費を抑えることができます。

  3. 環境負荷の低減:採掘や製錬に伴う環境負荷を軽減できます。

  4. 産業競争力の強化:高品質なリサイクル材料の供給により、日本のアルミニウム産業の競争力向上につながります。

まとめ

  • 産総研が溶融金属の流動凝固過程を可視化する革新的なX線イメージング装置を開発しました。

  • この技術により、従来の100倍以上の広い面積で金属の凝固過程の観察が可能になりました。

  • アルミニウムのアップグレードリサイクルプロセスの高度化に大きく貢献することが期待されています。

  • 電磁撹拌を利用した不純物の効率的な分離メカニズムが明らかになりました。

  • 今後、さらなる性能向上と応用範囲の拡大を目指して研究が続けられます。

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

専門用語解説:

  • アップグレードリサイクル:リサイクルすることにより元の製品よりも高品質化するプロセス

  • 放射光X線イメージング:高速に加速された電子から放出される高エネルギーの電磁波を利用して物体の内部構造を観察する技術

  • マイクロフォーカスX線源:スポットサイズ(X線が発生する領域)がµmサイズのX線発生装置

  • 電磁撹拌:導電性のある液体金属中の電場と磁場の相互作用により発生する電磁力を利用して液体金属を撹拌する技術

  • 展伸材:金属を押しつぶして薄い板状にしたり、引き延ばして棒状に加工したりすることによって成形するための材料

  • 2次アルミニウム合金:アルミニウムスクラップの溶解により作られるアルミニウム合金

  • 金属間化合物:2種類以上の金属元素が特定の割合で結合して構成される物質

  • マクロ偏析:凝固の進行に伴う溶融金属の濃度変動により、凝固組織が不均質化する現象

  • 鋳造材:溶けた金属を型に流して固めることによって成形するための材料

  • 凝固偏析:2種類以上の金属で構成される合金の凝固過程において、結晶化した固体の組成が、溶融合金の組成と一致しない現象

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参考文献


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