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7/7 願

安い居酒屋チェーン店の隅の席で、私服の中年男性──田中と、スーツの中年男性──佐藤が向かいあって座っている。
「あいつらは何も分かっていない!」
田中はグラスを空にすると、注文パネルに手を伸ばし、生ジョッキメガを注文した。
「まぁ、電雷文庫はラノベ界の芥川賞ってぐらい難しいんだろう? 落ちたって仕方ないじゃないか」
佐藤は下戸なため、コーラをチビチビ飲みながらそう応えた。
「流行りの物や中坊が好みそうなやつばっか選びやがる。結局、作者が込める作品の魂をみていないんだよあいつらは」
田中は7月に行なわれた雷電文庫の一次選考に落ち、学生時代からの友人である同い年の佐藤を居酒屋に誘った。
25歳になる佐藤は大学を卒業し営業職に就いている。今付き合っている彼女に来月プロポーズするらしい。
「まぁ、それが企業の商売だからね。田中は来年も応募するのか?」
「雷電は駄目だ。見る目がない。次狙うのはマンタジア文庫だな」
「仕事はどうするんだよ」

「小説家ってのは時間が命だ。今は失業手当てでなんとか食い繋ぐさ」
田中は店員が置いた生ジョッキのグラスを手にとると、気持ちが良いぐらいの呑みっぷりをみせる。
「ネットとかには投稿しないのか? そこでバズれば仕事とかきそうだが」
「あいつらはしょうもない異世界転生ものにしか興味ない。書いてる奴らも小説の基本のキも知らない奴ばっかりの馴れ合いサイトだよ」 
「ふぅん」

佐藤は何か言いたげにしながらも、その気持ちを打ち消すようにグラスを傾けた。
「佐藤は来月プロポーズするんだっけ? 同じライターを目指していただけあって不思議な気分だよ」
「まぁ俺はお前と違って文章書くの苦手だったしな」
「でも結果幸せになれてよかったじゃないか」
「まだオーケーもらえるか分からないけどな」

佐藤は最後の枝豆を手にとった。

田中と佐藤は居酒屋から出て、駅に向かった。
「あれ、今日七夕だったっけ」
そう言いながら田中が指差した方向には短冊がずらりと飾らせていた。
「書いとけよ、田中」
「こんな歳になってまで短冊書くとか恥ずかしいわ」
「まあいいじゃねえかよ、たまには」

佐藤があまりにも乗り気なので、田中も渋々短冊に書いていく。

プロポーズが成功しますように───佐藤

作家になれますように───田中

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