警備バイトの話2

 今日の現場が見えかかった頃、大きなリュックをしょったおばちゃんがチャリで颯爽と俺を追い抜いて現場へ入っていった。「そこスーパーじゃないですよ。」ぐっと心の内に潜めたが、なにしろ白い仮囲いで覆われたこの現場は大都市に不釣り合いな巨大平原だ。同じ光景を見てたらみんなそう言いたくなるはず。

中に入るとさっきのおばちゃんがにこやかに話しかけてくれた。どうやら本当にここで働いているらしい。同じ警備部門で週6ペースで働いていた。そしてこのおばちゃん、めちゃくちゃに愛想がいい。出会って2秒後にはもう音楽の話を引き出されていたし、5秒後には俺の人生の全てを知っていた。大阪のおばちゃん力ここに極まれり。多分ずっと前からお隣に住んでいたのだこの人は。以降この方をブルースブラザースで絶妙な豪快おばちゃんを怪演したことで知られるアレサ・フランクリンと仮名する。

アレサさんは最初俺を見て道に迷った高校生だと思ったらしい。たしかに俺自身この見た目が現場に似合ってるとは言いがたい。制服を着ていなければ尚更だ。お互いがお互いをステレオタイプに押し込めていたことを反省しあった。


 昨日と打って変わって巨大な現場。俺ら警備部隊をまとめる職長もかなりハキハキしている。作業車の搬入出が多く気が抜けない。でも俺はこっちの方が好きかもしれん。

もともとプレーしていたサッカーでも立候補してGKだった。GKの仕事は基本危険予知とそのフォローにある。前線の味方の穴を探し、後方から選手全員のタスクを調整して余剰をつくり、その穴を埋める。その為にはひたすら周囲をスキャンし続けることが必要で、その能力はDJにおいても重宝される。前髪が俺とフロアを分断させるが、その奥で俺は案外しっかりフロアを見ている。

休憩中に見たこともない虫が膝にとまってきた。普段なら見たこともない虫は見たこともないので恐怖でしかないのだが、なんだか今日は冷静に観察できていた。「なんでそこに止まったん?」「それ俺の膝なんだけど膝ってしってる?」「複眼ってマジ?」いろいろ聞いてみたが答えは返ってこなかった。アレサさんはその虫をみて俺の知らない単語をワーワーと言っていた。多分彼女はこの虫と喋れるんだろう。


 ここには将来凄く大きい商業施設が建つ。有名な誰かが設計したんだろうが設計者は当然現場で作業なんかしていない。ザハ・ハディドはショベルカーを使えたか。誰がどのレベルまで関わっていたらそれはその人の作品と呼べるのだろうか。友達のMV騒動のことやテプラ広告のことなどを思い出す。本当のところは代表者の名前なんか割とどうでもよくて、関わった人やその前にいる先人が平等にリスペクトされるようになったらいいのにな。例えばアレサの優しさも。

そんなことを考えてしまったのはショベルカーの向こう側に巨大ビル群が立ち並んでいたからだ。こう見ると本当に都会の真ん中に大きい原っぱが突如出現しているのは異形のバグに思える。能ある鷹は爪を隠すが都会のビルは足元を隠す。見上げるまでもなくビルの全貌が露わになることは実は案外セクシャルな出来事なのかもしれない。

現場の土手に生えたペンペン草とのコントラストが眩しかった。


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