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『長い一日』を読む長い一月 〜31日目〜

滝口悠生さんの連載小説『長い一日』(講談社刊)を一日一章ずつ読み、考えたことや想起されたこと、心が動いたことを書いていく試みです。

いよいよあと3回になりました。第31回、「天麩羅殺人事件」。いきなり物騒なタイトルです。犯人は誰なのか。

あらすじ
お花見の次の日、ジョナサンはなぜ八朔さんが泣いていたのかをけり子に尋ねるが、けり子は知らないと言う。実際知らない、と思う。今日はふたりは天麩羅を食べに行く。
昨夜ふたりが家に帰ってきたとき、部屋の前の廊下にオレンジが転がっていて、翌日もそれはそのまま残っていた。日本にあるいろいろな名前のみかんのことをジョナサンは考える。八朔というのもみかんの名前であることを教わったのは、結構前だった。
ジョナサンが日本にいるときの滞在先にしているけり子のマンションは、築40年くらいの古いビルで、階段の踊り場に姿見が放置されていたり、廊下や入り口にいろんなもの(食べ物や液体、花など)が散らかっていたりする。常日頃から、不審な点や異変だらけのこの建物で、刃傷事件があったのは去年のことで、1階の部屋に住んでいた夫婦と、妻の不倫相手の三角関係に端を発している。
そのときに不倫相手の男が道着を着ていたことが、ワイドショーで嘲笑の的になっていたのだが、道着はちょっといいな、とジョナサンは思った。
いつか道着を着た自分が、このマンションに乗り込むことを想像する。想像の自分はけり子の部屋の前で、落ちていたオレンジを齧り絶命する。オレンジには毒が仕込まれていた。毒を仕込んだのはけり子。死の淵で、最後に天麩羅が食べたかったと思うジョナサン。そうこうしているうちに、けり子が風呂から出てくる。
ふたりは天ぷらを食べに出かける。

タネとネタ
前回と同様、花見の翌日のことが描かれています。今回の語り手は天麩羅ちゃんこと、ジョナサンです。今回は、あらすじがとても長くなりました。ほかの語り手同様、ジョナサンの語りもぐにゃぐにゃと道を逸れていく感じなのですが、随所で天麩羅に戻っていきます。よっぽど好きなんだな、天麩羅。
言葉にまつわる事柄についての描写、とくに天麩羅と寿司の具材の呼び方の違い(タネとネタ)にまつわる部分がとても印象的でした。けり子が床に寝そべって、魚が寝ているからネタ、と説明したことをお寿司を食べるたびに思い出すジョナサン。愛おしさはこういう些細な瞬間に宿るのだ、というこの作品を読みながら繰り返し想起されたことが、ここでも浮かんできます。
殺された自分を天麩羅にしてください、と頼むジョナサンに、天麩羅は大変なので海苔巻きにします、とけり子が返答するのもなんだか面白くて、そのあとのやりとりもとてもいいです。

海苔巻きはインサイドに巻いてるあるからタネ?それともお寿司だからネタ?
海苔巻きは具。
具! (p.328-329)

海苔巻きは、、でした。たしかに。
いや、待てよ、じゃあ、天むすはどうなんだ。具でいいんだろうか。ネタではないような気がするが… 誰か詳しい方いたら教えてください、

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