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誕生日SS!! 佐汲 葵【2020】

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「あお、ちょっと相談があって…時間ある?」

部活後荷物を片付けていると、
茜に話し掛けられた。

「まぁ、あるけど」
「ほんと!?なら音楽室集合!
私先に行くから片付け終わったら来て!」

そう言って慌ただしく走り去る姿に
苦笑しつつ荷物を纏め廊下にでる。

相談事か…。
傍から見て茜に悩みがある様子はない。
そして今日は私の誕生日。
もしかして誕生日会…とか?
少しの期待を胸に音楽室へ向かう。

「失礼しま〜す…」

そこに居たのは茜だけ。
…まぁ、そうだよね。少し残念だけど。
気を取り直し、相談について問うと
茜は勢いよく手を合わせて言った。

「あお、ピアノ弾いて!」
「…え?」

それからは私が何を言っても、
お願い!の一点張り。
茜がこうなるともう頷くしかない。

「やった!じゃあ……みんなー!」
「わ、うるさ…って、え?」

扉を開けて入ってくる部の皆。
慌てて茜を見ると、
観客は必要でしょ?と笑って言う。
…そういう子だった。

仕方ないと諦め、椅子に座る。
でも鍵盤に手を置いた途端、
以前の記憶が蘇り全身が強ばった。

一日中ピアノの前に座って、
感覚が麻痺するまで弾いて。
それでも勝てなかった天才。
遠くで光るフラッシュ。
手元にある“3位”の賞状。

…違う。ここは大会じゃない。
聴いているのも審査員じゃない…!
目を閉じて言い聞かせる。
緊張を解すようにひと息ついてから、
指を滑らせた。

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曲が終わると静まる教室。
不安になって振り返ると、
優しい目をした茜と視線が合う。

「やっぱり、あおちゃんのピアノは
茜達にとっていつだって一位だよ」

そう言って笑う茜に
幼い頃の面影が重なった。

『あおちゃんのピアノは日本一、
ううん、世界一だよ!わたしが保証する!』

大会前不安な時も、結果が悪かった時も。
茜はいつもそう言ってくれたっけ。

ピアノから離れて、
いつの間にか忘れていたけれど。
…本当は茜の言葉が嬉しくて、
何よりも元気を貰ってたんだ。

何だか胸が一杯になって、茜の前に立つ。
…あのね、あの時はちゃんと言えなかったけど。

「…ありがとう、あかちゃん。」

昔の呼び名で呼びかける。

『2人で“赤”と“青”だね!』

なんて言い合った大切な名前。
茜は目を見開いたあと、
どういたしましてと笑ってくれた。

「ねぇ、私達のこと忘れてない〜?」

突然聞こえた紫音先輩の声に慌てて
お礼を伝えると、にこりと笑う先輩。

「じゃあお祝いタイム〜!葵伴奏弾いて〜、
曲は『Happy Birthday to you』」
「えっ、私が弾くんですか!?」
「だって葵ピアノ上手いし〜。」

わ、私の誕生日じゃ…。
そう思ったけど、
皆に合わせて弾くのは楽しくて。
誰かのアンコール!の声を皮切りに、
私達はへとへとになるまで演奏を繰り返した。

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帰りにケーキ食べに行こ!
という翠先輩の提案で寄ったカフェ。
注文したケーキが届くと、
隣に座った茜が声を上げた。

「葵のケーキ、綺麗…!」
「期間限定の天の川ケーキ。
昨日七夕だったでしょ?
今週末までやってるんだ」

へぇ…!と興味津々な茜の前には
苺のタルト。…なんかさ。

「「ケーキ、赤と青だね」」

首を傾げる私と、嬉し気な茜。
重なった言葉に部の皆が笑い出す。
被せないでよ、なんて言いながら
気づけば私も笑っていた。

人生で初めて夢中になれたものは、
努力して努力して、
満足したまま離れたけれど。
今度は到底満足なんて出来そうにない。

だから、とことん努力してやる。
この努力はいつかの自分を
支える糧になるはずだから。

そんな気持ちで口にしたケーキは、
見た目通り爽やかで、
少しミルキーな味がした。


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台本制作:雪野みるく
@Milk_sing_cast / users/7170004

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