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ミズクラゲ5

【エピローグ】

世界中に未知のウイルスが蔓延し世界は分断された。                    この数年で、今まで当たり前だったことがそうではなくなった。        
人々はマスクなしに会話もできず、仕事や学校は画面越しでの意思疎通になった。     
有効な薬や治療法が見つからないまま、何万、何十万という人々が命を落とした。当たり前にあった「今」が、明日にはもうなくなっているかもしれない。 

そんな毎日が圭佑の価値観に変化をもたらした。                    今、圭佑はある女性と付き合っていた。   

通っていたジムで知り合い話すようになり、親しくなった。              
栗色のショートカットに薄い色の瞳。よく笑う美しい人だ。のびのびと朗らかに笑う彼女にほんの少しだけ誰かの影を重ね合わせるように、圭佑は彼女を好きになった。

付き合いだしてしばらくした頃、その彼女が新型ウイルスに感染した。       
専門病院に隔離され家族ですら面会もできない日々が続いた。
今、彼女が生きているのか、それとも死の淵をさまよっているのか、圭佑には情報すら伝わってこない。
怖かった。当たり前の今を突然失うことがたまらなく怖かった。           
もうあんな思いをするのは嫌だった。

ゆうと別れた後、圭佑の中からなにかがこぼれ落ちていってしまった。       
ぽっかり空いた穴は圭佑の心だった。キスでふさいでくれる優しい唇はもうそこになかった。 
失ってから気づいた大切なものは、圭佑には抱えきれないほど大きかった。 

圭佑はたしかにゆうを愛していた。漠然と永遠に続くと思っていた。         
だけど圭佑にはゆうの人生までまるごと受け入れる覚悟はできなかった。   

あとになって圭佑は気づいたのだ。覚悟はできるとかできないではない、するものなのだ、ということを。                  「この恋を最後の恋にする」と決めたのなら、それを言葉にして伝えなくちゃだめなんだ。
言葉は覚悟だ。               

そして覚悟を決めるのはいつも「今」なのだ。 この先の未来はわからない。だから「今」の覚悟で未来を決めていくのだ。

大切なことを教えてくれた人はまだ今も心の中にいる。                  
でも、その宝物をそっとしまって圭佑は未来を見つめる。彼が残してくれたつよがりを宝箱の鍵にして。

圭佑は彼女が退院したらプロポーズをしようと覚悟を決めている。

                                完

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