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まきまき②

会社近くのコメダ珈琲店。
ユダはホットドッグ、須波はシロノワールを食べている。
「ユダくんって、湯田って苗字じゃなかったんだね。知らなかったよ、ごめん。ずっと名前呼びとか馴れ馴れしかったね。林くんって呼ぶね」
「いや、ユダでいい・・・・・・林ユダって変な名前だろ。俺、高校の時散々名前でいじられてたのに、知らなかったのかよ」ユダが笑う。
「ごめん、人の名前覚えるの苦手で。ユダくんのご両親ってクリスチャン?」
「いや?多分違う。両親、中学の時にどっちも死んじまったからよく分かんねぇけど」
「父親も母親も自殺してんの。夫婦で心中。笑えるよな」
須波のシロノワールをつつく手が止まる。
「全然笑えないけど・・・・・・」
「だよな。これ乗り気じゃない飲み会での鉄板ネタ。すっげぇ盛り下がるぜ」
「え、ほんとの話だよね?」
「ほんとほんと。まあ、俺と姉ちゃん巻き込んでくれなくて助かった」
「僕、君の事全然知らなかったんだなあ」
「だってお前、俺に興味無いだろ」
「・・・・・・無くは、ないよ」須波の目があからさまに泳いだ。
「マジで?じゃぁ、俺と付き合ってくんない?」
「え」須波の手がまた止まる。
「付き合うのは無し?セフレのみって感じなの?俺、須波ともっと出かけたり遊んだりしたいんだけど。学生の頃、俺らそんなつるまなかったじゃん?心残りだったんだよな」ユダは須波をじっと見つめた。
「眼力」須波はユダの目に気がいっている。
「ガンリキ?」
「答え保留でもいいかな。ちょっと考えさせて」
「分かった」
「ところでユダくんさぁ、モデルになってくれない?」
「あ?」
「絵のモデル」
「お礼出すから」
「・・・・・・いいけど」ユダが呆れたように笑う。
「相変わらず、須波って感じだなー、お前」
「え?どういうこと?」
「そういうとこだよ」
ユダはホットドッグの最後の一口を頬張った。

「え!?家に林さんを呼ぶ!?家デート!?珍しいにも程がある!夕くんどうしたのー!?一発夜の夕の異名を持つ夕くんが」
都がスケジュール帳から顔を上げる。
「何だその異名。いやいや、家デートじゃないよ。ただちょっと絵のモデルになってもらおうかと」須波は洗濯物を畳みながら言った。
「ますます珍しい。モデルとか初めてじゃない?」
「そうだよ、ちょっと久々に四苦八苦してんの」
「そうか、じゃぁ、家デ、じゃなくてお仕事の邪魔にならんように私土曜、外出とくね」
「いや、いいよ、別に出なくて。部屋でちょっと何枚かクロッキー描かせて貰うだけだから。外出ると疲れちゃうでしょ貴方」
「いや~でもね~、私林さんの直属の上司よ?私どう考えても邪魔でしょ~、同じ空間にいない方がいいでしょ~」
都がペンを回す。都はよく手に持っているものを回す。昔からの癖だ。
「だいじょぶだって邪魔じゃないって」
「え~」夕くんがどうかじゃなくて林さんがどうかって話なんですけど・・・・・・とぶつぶつ言いながら都はスケジュール帳に目を戻した。

体操着姿のユダが友達とふざけて笑いあってる。
まっすぐ伸びた脚が眩しい。髪の毛の色は今よりも明るい。
ふと目線が須波と合う。
須波は花壇で絵を描いている。
須波は目を逸らした。彼は自分とは違う人間だと思った。

ユダが都と須波の家にやってきた。
「どうも、七瀬さん、お疲れ様です。休日にお邪魔してすみません。これ駅地下で買ったシュークリームなんですけど。あ、アレルギー大丈夫でしたかね」
「大丈夫!ありがとう!ごめん!気を遣わせて!私リビングでヘッドホンして映画観てるから!気にしないでね!ほんと!ほんとにね!」
「あ、はい」
「夕くん!あのまきまきまきまきって映画この前DVD買ってたでしょ。どこ?観ていい?」
「あー、部屋だ。持ってくる。ユダくん、こっち」
「あ、うん・・・・・・まきまき?」

パソコン椅子の上であぐらをかき、黙々と絵を描いてる須波。
ユダは須波と向かい合う形でベッドの上に腰掛けている。
「ほんと仲良いんだな」
「え?ああ、うん」
「ちょっと踏み込んだ事聞いてもいいか」
「踏み込み加減に寄る」
「どういう経緯で結婚したんだ?」
「あー、僕が5年付き合ってた彼氏が実は妻子持ちだったって発覚して別れて落ち込んでたら、法事の席でプロポーズされた。恋愛する相手と一緒に生きていく相手が同じである必要は無いって・・・・・・」須波は目を細めた。
「目が覚めた気分だったよ。お試しで一緒に暮らし始めたけど、もう10年経った。多分これからも一緒だと思う。僕はゲイだけど、運命の人は彼女だ。心からそう思うよ」
「・・・・・・そうか」ユダは考え込むように目を閉じた。
「目閉じないで。僕を見て」
「ああ、すまん」


いつの間にか夕方になっていた。
固まった背中を溶かすように須波は腕を回した。
「ん~、もうこのくらいでいいかな。ユダくん、疲れたでしょ。なんか飲み物持ってくるね」
ユダは立ち上がった須波の腕を掴んで引き止めた。
「この前の答え、聞かせて欲しいんだが・・・・・・」ユダはつばを飲み込んだ。
「俺と付き合ってくれないか」
「・・・・・・正直、恋愛はもういいかなという気分で」
「恋愛じゃなくてもいい。俺と定期的に会ってくれないか」
ユダは真っ直ぐ須波を見つめている。
「お前、友達少ないだろ。昔から。リスクマネジメントとして、友達は複数いた方が良いと思うぜ、俺は」
「み、都ちゃんみたいな事言うなあ・・・・・・」
「身体の相性も悪くなかっただろ」
須波の腰に腕を回してユダは自分の方にぐっと引き寄せた。
「待って、リビングに都ちゃんいるから」
「ヘッドホンしてるんだろ」
「おいおい君は上司が隣の部屋にいてもセックスできるのか」
「社長がいたって出来る」
「豪胆か」須波が困ったように笑った。
「僕にはそんな肝は無いからちょっと離して。それはまた今度」
「じゃぁまた会ってくれるんだな」
「LINE教えてくれよ」
「・・・・・・」須波は渋々とスマホを取り出した。

ユダは帰った。都と須波は夕飯を食べた後、一緒に皿を片付けている。
「いいじゃん!YOU達付き合っちゃいなよ!」
椅子に座って皿を拭いてる都が言った。
「い~や~いやいやいや~」須波は皿を洗ってる。
「なんで?林さんめっちゃ良い人よ~。上司の折り紙付き」
「いやなんか面倒臭くて・・・・・・」
「そうやってすぐ面倒臭がる~、私のプロポーズはすぐOKした癖に~」
「それは都ちゃんだからだよ。ユダくんとは学生時代も今もそんなに親しくないけど、都ちゃんとは小さい時からの付き合いだもの」
「だからそれはこれからお互い知り合っていけばいいでしょうに~、君まだ34でしょ~?まだ人生その歳の2倍以上あるかもしれないのよ~?」
「人生長いな・・・・・・」
「そうよ、ま、明日死ぬかも分からないけどね」都が自嘲気味に笑った。
「何歳になっても新しい友達って作れるものよ。自分にその気さえあればね。自分一人じゃ思いつかない考えが人との交流で生まれたりするのよ。それって凄く楽しい事だと思わない?まあ、無理強いするわけじゃないし、一人でも楽しい事は沢山あるけどね」
「一人ではないよ。都ちゃんいるから」
「・・・・・・私、多分君より先に死ぬから。その準備しとくんだよ?って話」
「悲しい事言わないでよ」須波は眉をひそめた。
「悲しくない!現実現実!私7歳年上よ!?」都が食器棚に皿をしまいながら言う。
「あー、あと今週土曜日私でかけるから。千軸と」
「仲良いね」
「そう!君経由で会ってまだ半年よ?でももう超仲良し」
「君も林さんとどっか出かけてきたら~?」
「んー」須波は渋い顔で手の水を切った。

高校時代。学校の廊下。夏。
放課後の教室から軽薄な声が聞こえてくる。
「3組の須波ってさー、ホモらしいよ」
「えー、須波って美術部のぼっちの?」
「あー、あのファンシーな絵描いてる」
「え、何ホモってファンシーな絵ぇ描くの?」
「いやなんか中学でもそういう噂あったって聞いたんだけど俺」
「マジで?本物じゃね」
誰かが机を蹴り飛ばした。大きな音。
「男が好きだったらなんだってんだよ。なんか悪い事でもあんのか」
「なんでユダがキレんだよ」
「え~?ユダくんもホモなんですか~?」
「おう、言ってろ。明日から須波の代わりに俺の噂でも流せばいいだろ。ほら、俺の盛りに盛った写真やるから一緒に流せ」
「うわ、何これ」
「女装?」
「超かわいーだろ。姉ちゃんに盛られた」
「お前ノリノリじゃん、これ」
「ユダ、ガチだな」笑い声。
全て聞いていた須波は見つからないように廊下を素早く歩いた。
教室を横目で盗み見る。
そのグループの中でユダという人だけが笑っていなかった。

自室で液タブをかかえてる須波。スカイプで千軸と話している。
「いいですよ、このラフ~!めちゃくちゃいいですよ!眼力が!」
「あ、そうですか?じゃぁこれでいきますね」
「お願いします~、須波さんの絵、ほんと好きですよ」
「ありがとうございます」
「あー、あと聞いてると思いますけど、今週末、奥様お借りしますね」
「妻は私の所有じゃないのでその言い方はやめてください」
須波は真顔で指摘した。
「ご、ごめんなさい。都さんとお茶したりカラオケ行ったりしてきます」
「・・・・・・千軸さん、友達と遊ぶのって楽しいですか?」
「え!?楽しいですよ!!!何言ってるんですか!??」
「いやぁ、僕昔から友達あまりいた事無いし、感覚が分かんなくて。面倒臭くないですか?」
「・・・・・・そりゃぁ、ちょっとこじれたりすると、あーもう暫く会わなくていいかなーって思ったりもしますけど。でも結局暫くしたらまた会って、やっぱり楽しくて、ああ、友達で良かったって思いますよ」
「そうですか・・・・・・」
「友達100人いる必要は無いですけど、でもやっぱり人と会ったり話したりって自分の精神衛生的にも大事だなって思いますよ。まあ、あくまで私の場合ですけど」千軸とのスカイプを終えた。
須波は覚悟を決めたようにスマホでユダに連絡取った。
『週末空いてる?』
『土日どっちも空いてる。会ってくれんの?』
『どっか遊びに行こう。どこか行きたいところある?』
『富士Q』
「ふ、富士Q・・・・・・?」須波はまた苦笑いをした。

「み、都ちゃん、僕、土曜日、富士Q行く事になった。ユダくんと」
顔に苦笑いを貼り付けたまま須波は都に報告した。
「富士Q!」都が寝転んでいたソファから飛び起きた。
「夕くんに、友達が・・・・・・ついに、友達が・・・・・・ふ、富士Q・・・・・・!」
保護猫に里親が見つかったような感動が都からひしひしと伝わってくる。
「いや、まだ友達ってほど友達じゃないけど」
「そこは友達でいいじゃん、もう!友達じゃない奴と富士Q行くとか逆に意味分かんないじゃん!」確かにそうだなと須波は思った。

友達に昇格したユダがミニクーパーで迎えに来た。
須波は助手席に乗り込む。
「なんで富士Q?」
「嫌?」須波はエンジンをかけ、車を道路に出す。
「やー、別に。でもまさか遊園地行くと思わなくて」
「学生ん時行きたくても金無くて行けなかったから・・・・・・今は行けるし。車あるし。須波いるし」
「・・・・・・君って僕の事好きなの?」
「好きじゃなきゃ付き合ってくれなんて言わねぇよ。アプリで須波見つけた時マジテンション上がったわ」
「え、ええー?会う前から僕だって気付いてたの!?」
「お前自撮り下手だよな。でも分かったよ」
「俺、高校の時もお前の事好きだったんだ」
「高校の時は死んでも言えねぇと思ってたけど、30も半ばになったらまぁすっと言えるもんなんだな。我ながら驚くわ」
「・・・・・・」
「悪い、重いよな」
「重いのは別にいいよ・・・・・・僕も大概重いから・・・・・・」
「・・・・・・殺してやりてぇな」ユダは大きく息を吐きながら顔をしかめた。
「え?」
「妻子いる事隠してお前と5年付き合ってた奴」
「はは、あ~、まあ、今となってはもう別に。僕も若かったなって」
須波は当時をぼんやりと思い出しながら自分の首を揉んだ。
「都ちゃんと結婚出来たしね・・・・・・よくよく考えたら今は逆の立場だな、はは」
「お前のは、違うだろ」
「そんなに違わないよ」
「僕、君と付き合ったとしても、多分、何かと妻の方を優先すると思うんだ」
「それでいいよ。全然構わない。別れさせようとか思っちゃいないから。定期的に連絡取り合えるなら、別に付き合わなくたっていいし・・・・・・付き合えたらいいとは思ってるけど」
「あー・・・・・・」答えに困る須波。
須波のスマホが鳴る。ポンポロロンポン
「ごめん!」ユダが「気にしない」と手でジェスチャーした。
「はい、須波です・・・・・・え・・・・・・」須波は口を開けたまま固まった。
「あ、は、はあ・・・・・・いや、行きます!すぐ行きます!」
須波がユダに目を走らせる。
「すいません、もう一度病院名お願いします」
ユダから渡されたボールペンで須波は手にメモを書いた。
「はい・・・・・・しん・・・・・・のばら台・・・・・・分かりました。すぐ向かいます」
電話を切る須波。
「ごめん。今日、富士Q行けない」
須波は目をつぶって天を仰ぎながら謝った。
「妻が、側溝に落ちて、頭打ったとかで、脳内出血で……大丈夫、大丈夫らしいんだけど。えーっと」須波は動揺し、手で口を覆った。
「病院名、言って」ユダは須波にスマホを向ける。
「新のばら台病院!」
「分かった、ここだな、すぐ向かう」
「ごめん」
「いい、謝る事じゃない」
いつの間にか須波は泣いている。
「死んじゃったらどうしよう」
「・・・・・・大丈夫。大丈夫って聞いたんだろ。大丈夫だよ。大丈夫」
ユダが安心させるように須波の肩を揉む。
「出来るだけ早く病院着くようにするから」
須波は顔を両手に埋めている。
「須波、大丈夫だよ」


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