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(浅井茂利著作集)景気落ち込みの背景には「金融緩和の縮小」があった

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1585(2014年12月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 2014年10月末、日銀は突如、追加の金融緩和に踏み切りました。その後の2カ月間、2014年7~9月期の実質GDP成長率の発表(2期連続のマイナス成長)、消費税率10%への再引き上げの延期、解散・総選挙と世の中はめまぐるしく動きましたが、追加緩和は、その端緒となる出来事であったと言えるでしょう。
 一般的な理解では、2014年4月の消費税率5%から8%への引き上げによる経済への打撃が大きく、2013年4月以来の量的・質的金融緩和の効果が薄れ、景気は落ち込み、消費者物価上昇率も鈍化する状況となったので、景気の再浮揚と物価目標2%を図るための再緩和ということになるのでしょうが、発表されている資料を丁寧に見ていくと、そのような受け止めとは少し違った景色が見えるように思います。

消費税率引き上げに伴う駆け込み需要と反動減

 多くの民間調査機関が経済予測を発表していますが、日本経済研究センターでは、その平均を算出し発表しています(ESPフォーキャスト調査)。
2014年5月のフォーキャスト調査によると、2013年度の実質GDP成長率における民間需要の寄与度は、調査機関平均で1.4%と予測されていました。しかしながら実際のGDP統計では、1.7%とこれを上回る結果となり、駆け込み需要が想定よりも大きかったということが言えると思います。
 ラフな推計を行うと、民間需要の実質成長率は、2011年度に1.6%、2012年度に1.4%でしたので、仮にその中間の1.5%を日本経済の実力として、そのとおりに推移したとすると、2013年度下半期(10~3月期)の民間需要は197兆円(季調値)になるはずですが、実際には200兆円に達しました。従って、3兆円が駆け込み需要だったと考えることができます。一方、消費税率引き上げ後の2014年度上半期(4~9月期)については、前年比1.5%成長であれば199兆円となるはずですが、現実には194兆円に止まったので、落ち込み幅は5兆円ということになります。2014年度上半期の落ち込みは、駆け込み需要の反動減よりも大きかったということが言えるでしょう。

2期連続のマイナス成長で衝撃

 2014年11月に発表されたGDP統計では、7~9月期の実質GDP成長率が「前期比年率」でマイナス1.6%となりました。
 反動減のためにもともとマイナス成長が不可避だった4~6月期から、さらにマイナス成長となったため、世の中に衝撃を与えました。
 「前期比年率」は、前期からの変化が1年間続いたらどうなるか、という架空の数字ですし、他の統計データとの比較も難しいので、「前年同期比」で成長率を見てみると、4~6月期にはマイナス0.2%と前年同期に比べ微減に止まっていたのが、7~9月期にはマイナス1.2%とマイナス幅が大きく拡大したということになります。項目別に見ると、個人消費は4~6月期にマイナス2.6%だったのが7~9月期にはマイナス2.7%に、同じく住宅投資がマイナス2.0%からマイナス12.3%に、設備投資がプラス3.8%からプラス2.8%に、となっており、民間需要関係は軒並み悪化しています。
 景気の落ち込みが、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動減と、消費意欲の低下によるものであれば、7~9月期は4~6月期よりも改善して当たり前なので、消費税率引き上げ以外の要因があった、と考えるのが自然です。

天候不順

 要因の第一に考えられるのは、天候不順です。気象庁によれば8月には、
*東日本、西日本の日照時間はかなり少なく、西日本太平洋側で平年比54%となり、1946年の統計開始以来、8月としては最も少なかった。
*台風12号、11号、そして豪雨により、西日本太平洋側の月降水量は、平年比301%となり、1946年の統計開始以来8月としては最も多くなった。
ということになっています。夏休みの盛りにこのような天候不順があったわけですから、旅行やレジャーなどに対する支出が抑制されたとしても不思議ではありません。
 経産省の第3次産業活動指数の伸び率を見ても、2014年8月には、前年同月比でマイナス2.7%となっており、4月以降、前年割れが続いている中で、最もマイナス幅が大きくなっています。とはいえ四半期で見れば、4~6月期が前年同期比マイナス2.2%、7~9月期がマイナス2.0%なので、7~9月期のほうが悪いというわけではありません。天候不順はマイナス成長の要因のひとつではあるとしても、主たる要因としてはやや弱いようです。

「金融緩和の縮小」があったのではないか

 2014年7~9月期における景気の落ち込みの要因として、実は「金融緩和の縮小」があったのではないか、というのが筆者の見立てです。
 日銀の金融政策のスタンスは、「量的・質的金融緩和」の始まった2013年4月から、追加緩和が行われた2014年10月まで、変わっていないはずではないか、というのが大方の反応だと思います。しかしながらデータを見ていくと、2014年の春から夏場にかけて、「金融緩和の縮小」という状況が見られたことは、否定できません。
 まず、2013年4月に実施された量的・質的金融緩和を振り返ると、
①消費者物価上昇率目標2%を、2年程度を念頭にできるだけ早期に実現する。
 そのため、
②マネタリーべ-スを年間約60~70兆円のペースで増加させる。
③日銀の長期国債保有残高が年間約50兆円のペースで増加するよう、買い入れる。
 具体的には、
④長期国債を毎月7兆円強程度買い入れる。
というものでした。
 ちなみに、①~③については、総裁、副総裁、審議委員をメンバーとする「金融政策決定会合」という重要な会議で決定されるので、マスコミでもトップニュースの扱いですが、④については、実務の話なので、あまり注目されません。
 マネタリーベースとは、「家計・企業・金融機関が保有する現金と、金融機関が日銀に保有する当座預金の総額」のことです。日銀が国債を買い入れた場合、代金は民間銀行が日銀に保有する当座預金(日銀当座預金)に振り込まれますが、民間銀行は預かっている預金の一定割合を日銀当座預金か現金で持っていなくてはならない(法定準備)ので、これが増えると、運用に回せる資金が増えて経済活動が活発化する、というのが、量的金融緩和の基本的な仕組みです。従って、④が金融政策を実行する具体的な手段で、その効果が③、②、①の順番に現れてくるということになります。すなわち、
④日銀が長期国債を買い入れる。
③日銀の長期国債保有残高が増加する。
②マネタリーベースが増加する。
①消費者物価が上昇する。
ということになるわけです。この4つの指標について、日銀の金融政策スタンスと実際の動向を一覧にしてみると、次のようなことがわかります。

*長期国債の買入額は、当初、毎月「7兆円強程度」とされていたが、2014 年5月に「6~8兆円程度」に変更されている。実際には、2014年2月までは「7兆円強」の買入が行われていたが、3月以降は6兆円台に縮小し、9月は「6~8兆円程度」のほぼ下限である6.1兆円となっている。
*年間「約50兆円」とされていた長期国債保有残高の増加ペースについては、2013年11月以降、保有残高の対前年同月の増加額が50兆円を下回ったことはない。しかしながら、2014年3月には62.8兆円増加していたのが、9月には53.7兆円に縮小している。
*「約60~70兆円」とされていたマネタリーベースの増加ペースについては、これも2013年11月以降、60兆円を下回ったことはない。しかしながら、2014年3月には73.9兆円だったのが、9月には64.1兆円に縮小している。
という状況が見られます。「量的・質的金融緩和」の開始当初の数カ月を除けば、金融政策スタンスの範囲内で、長期国債やマネタリーベースがコントロールされているのは事実ですが、一方で、2014年2~3月を境として、「金融緩和の縮小」の状況となっており、「2%」をめざしているはずの消費者物価上昇率も、2014年5月には3.7%(消費税率引き上げ分2%程度を含む)だったのが、10月の推計値(同)で3.1%まで鈍化してしまっています。
 どうしてこのようなことになってしまったのかはわかりませんが、2014年4月の消費税率引き上げに備え、やや緩めの資金供給を行っていて、その後、平常ペースの資金供給に戻したところ、結果的に「金融緩和の縮小」の状況になってしまった、という可能性はあると思います。しかしながら理由はどうあれ、「金融緩和の縮小」があれば、実体経済にも、ある程度の影響を与えることは避けられないと思います。
 ちなみに、日本の「金融緩和の縮小」は、それだけなら円高要因ですが、2014年1月以降、アメリカでQE3(量的金融緩和第3弾)の縮小が行われた(10月に金融緩和終了)ため、為替は円安方向に動いています。

2014年10月の再緩和

 こうした状況の中で、2014年10月、日銀は金融の再緩和に踏み切り、
*マネタリーベースを年間約80兆円のペースで増加させる。
*日銀の長期国債保有残高が年間約80兆円のペースで増加するよう、買い入れる。
*長期国債を毎月8~12兆円程度買い入れる。
ことにしました。市場関係者には、「サプライズ」「黒田バズーカ第2騨」などと受け止められましたが、こうした経緯を見れば、再緩和は不可避であったと言えるでしょう。これにより株価は急騰し、円安も進行しましたが、実体経済についても、回復軌道を取り戻すことが期待されるところです。とりわけ今回の円安局面では、
*輸出が数量ベースでも拡大傾向となっている。
*このため、輸出金額の増加率が輸入金額を上回り、貿易赤字が縮小傾向に転じている。
ことは注目されるところです。


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